エゴイスト・マージ

秘密。裄埜


私は驚いて咄嗟に手を引いてしまったけど
裄埜君は無理に私の指を掴もうとは
せず、また乗せるだけの手の位置に戻った。


「――ホラ、出来ない。
体は正直だからね、君にはそんな器用な
真似できないよ」

顔をあげれなくてどんな顔をしてるのか
わからないけれど、多分その声色から
穏やかに笑っているんだろうって
容易に想像できる。

「ね、雨音、男に対して
そういう言葉は簡単に言っちゃ駄目だよ。
付け入られるから」

「……私、バカだから」

「違う。君は優しいんだ。
いつも他人の事ばかり考えてる。
この事で君が俺に負い目を
感じることは無いし……ましてや
僕の好意を必要以上に
考え込まなくていいんだよ?
それとこれは別問題であって、
俺は望んでない」

間違ってもこんなことで俺を
好きになろうとするような
贖い方はやめてね。
なーんて、無論しないよね?」

見透かされている
何もかも、私の浅はかな考えなんか……

急に恥ずかしくなった。
自分が裄埜君をそう思うことでなんて
馬鹿な独りよがりでそれが
どれだけ傲慢な考え方だって
何故気が付かなかったんだろう?

しかも彼を無意識に
軽視することになることさえ
分からなかったとか。


「ごめんなさい……なさい」

どこまでも最低な私。
もう恥ずかしくてたまらなくて。

こんな時でさえ、私の奥底にある
感情まで庇護しようとしてくれる。

お願いだから、こんな私を
優しいだとか言わないで。
私の心はきっと歪んでると思うから。


「本当、雨音は嘘が付けないね。
そういう君だから俺は……」


相変わらず涙が止まらなくて
頭をあげれない私は、裄埜君の声
しか聞こえなかった。

「多分、君は今俺の事を
良い人だと思ってくれてるんだろうね」

「だって、だって本当にそうでしょ!?」

「きっとこのまま黙っていれば
俺には分があると分かっているから
少し前の俺ならきっとそれを利用して
君の気持ちを手に入れようとするかも
しれない、俺は本来そういう性格だよ。
君は俺を買い被ってるからね、造作もない」

――裄埜君にしては珍しい投げやりな言い方。

でも、口にするって事は
しないのと同意義だと分かってる。

私も少しだけ、だけど
裄埜君という人を垣間見る時がある。
でも、それが本当の姿なのかどうかとかは
やっぱり良く分からないけど。

ただ……

彼もまた暗部を持って生きているのだと
一緒にいる時間が長くなればなるほど
そう思うようになった。

不意に、

「君はあの時突き落とされそうに
なったんだよね?
……その相手誰か見た?」

「ううん、分からない」

「そっか……」



「今回のコレは俺への罰なんだ。
ありがとうと言われる資格すらない」


何を言わんとしてるのか、
その真意を汲み取ることはできなくて
聞き返すしかなかった。

「裄埜――」

「ごめん。時間、くれないかな?
今はまだ、聞かないで欲しい。
いずれ話すから。
ズルイんだよ、俺はね。
この期に及んで
未だ君に嫌われたくないと
思ってるとか、どうしようもない」


「検温で~す。あ、彼女なのかな?
私、出直した方が良い感じ?」

「いえ、大丈夫です」

入ってきた看護師さんが私達をみて
出て行こうとするのを彼が止めた。

「ちょうど帰るとこなので。
雨音、送ってあげれないけど大丈夫?
……あんな事あったばかりだから、
なるべく人の多い所通って帰ってね。
学校の帰りも友達と一緒の方が良いよ」

過剰に心配しすぎだって
言おうとして、裄埜君の顔が
全く笑ってないことに気が付いた。

「……分かった」

「うん、ありがとう」

促されるように私はカバンを取り
そのまま病室の外へと出ていく。

多分……多分だけど
普段の彼なら“明日も来てね、待ってる”
ってサラリと言うんじゃないかと
思う。

口にしないのは、そうして欲しくないから。

一人で考えたいと思ってる事が
あるんだって暗に示してるんだと
その言葉、態度で私にも分かり易いように
示してるんだと思う。

今までいつもさり気無さ過ぎて
後になって裄埜君の行動の意味とか
気が付くことが多いけど
今回に限っては私に知らせておく
必要があると彼の中で思う程の
事だったんだと

裄埜君の中に何かがあって
それをどうしていいのか自分でも
迷って葛藤してるんだとしたら
その答えが出るまで待とう。



いつも彼が私にそうしてくれたように。


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