美女も野獣も。-Bitter,Bitter,Sweet-
≪1≫
◇噂の"野獣"
「あ、そうだ。村瀬さん、営業二課の“野獣”って知ってる?」
6月――。
会社にも仕事にも徐々に慣れ始めてきた、ある日の昼休み。
同期の中で一番よく一緒にいる中原さんが、トイレでメイクを入念に直しながら聞いてきた。
あたしは、中原さんに付き合ってメイクを直すふりをしながら。
「ううん、知らないけど…」
たぶん彼女が一番望んでいるだろう言葉をさり気なく返す。
2ヶ月近く隣のデスクで一緒に仕事をしてきて、彼女の性格を把握できないわけがない。
中原さんは典型的な噂好き。
きっと例の“野獣”に関する新しいネタを仕入れ、それを話したくてウズウズしているに違いない。
「えー、知らないの!? 社内の女子はみんな喰うって超噂じゃん!入社のときからの!」
「あー…、そうだったっけ?」
「そうだよ!今朝、先輩から聞いたんだけど、昨日は経理の子だったみたい。お洒落なバーに2人で入っていくところ、ほかの社員が偶然見かけたんだって!」
うまく話に乗ってあげると、中原さんは案の定、水を得た魚のように一気にまくし立てる。