幸せになろう
番外編2大切な人を守る事
 これは、今から数百年ほど前のこと、まだイザベラ・エレガンスが幹部になる前の話である。
当時、イザベラはまだ普通の天使として人間界で不幸な人をなくす仕事をしていた。
イザベラが契約していたのは、病気の母と妹と暮らす青年。
彼が住んでいた地域は戦乱続きで、しょっちゅう勢力地図が塗り替えられていた。
時の権力者達は、戦争のたびに庶民達を兵としてかり出した。
彼も例外じゃなかった。
 ある日、青年に軍の召集が来た。
「待って、貴方がいなくなったら、お母さんと妹はどうするの」
エレガンスは青年を引き止めた。
「国の命令なんだから仕方がない。逆らえば処罰される」
「ならば、必ず生きて帰れるよう願って」
エレガンスも契約者を戦争から護るため、あらゆる手を尽くそうとする。
だが、青年から発せられた言葉は、意外なものだった。
「戦に行くということは、死ぬかもしれないということ。危険な目に遭うのはみんな同じ。
 自分だけ助かろうなんてムシが良すぎる。それより母さん達を頼む」
青年は、エレガンスを拒んだ。
エレガンスは、青年の腕をつかんだ。
青年ふれて、生きて帰りたいという願いを読み取ろうとした。
契約者に触れ、その願いを読み取り叶えるのは天使の能力の一種。
契約者が望む、望まないに関わらず、叶えられるはずだ。
自分だけ助かろうなんてムシが良すぎるというのは、建前。本当は、生きて帰りたいはず……
大抵の人はそう思うだろう。エレガンスももちろん、そう思った。
だが、次の瞬間、それはことごとく打ち砕かれた。
青年の心からは何も読み取れなかった。彼は、無心だった。
普通なら、死にたくないと思うはず。だが、青年はそう思わなかった。
自分だけ助かりたいと思ってはいけない。青年は、現実を受け入れたのだ。


 青年は、戦地に赴いた。
彼の戦死が軍隊から伝えられたのは、それから少し後だった。
その時エレガンスは、初めて大切な人を守れなかった。
どんなに努力しても守れない人がいる。今まで多くの人々を救ってきたエレガンスにとって、
初めての過酷な苦い経験であった。
だが、エレガンスはこれを乗り越えなければならなかった。自分は悲しんではいけない。
本当に悲しい思いをしているのは、残された青年の家族なのだから。
それでも涙があふれ出た。泣いてはいけないと我に言い聞かせるものの、エレガンスは、ひそかに泣いた。

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