赤いスイートピー
その週の日曜日。
柏田の部屋に行ったチエミは、二人の旅行を卓弥に見られてしまったことを話した。

「そうか、まずかったな。ごめん、俺が旅行に連れて行ったから。」

柏田はチエミにそう謝り、それ以上は何も言わなかった。



それから柏田との間の空気が微妙に変化したことを、チエミはうすうす感じていた。

相変わらず優しいが、もともと口数の少ない柏田が、時々黙り込むようになった。

学校では、この頃卓弥が休み時間ごとにチエミの近くに寄って来て、一緒に過ごすようになっていた。


(冷たくしたら誰かに、私と慶のことを話すかも…)

初めはそう思い、はっきり拒否できないまま、卓弥のペースにはまってしまった。

「俺、お前のこと、チエミって呼ぶから。その方が付き合ってるっぽいだろ?チエミは俺のこと、好きなように呼べよ。」

休み時間、卓弥は、チエミの机の上に英語の教科書を広げ、シャーペンで和訳の書き込みをしながら言った。

「うん…」


一緒にいるようになると、次第に卓弥の良い面がみえてくる。

卓弥は強引な面もあるが、優しさと思いやりをも持ち合わせていた。


卓弥は大学受験に向けて毎日のように塾に通っていたから、帰りは別々だったけれど、毎夜、チエミの家に電話してきた。

「電話してごめんね。チエミの声が聞きたくて。」

電話口で卓弥は必ずそう言った。


そして、今日あったことや進路のことなど話し合う。
卓弥には、明確に目指す進路があった。

チエミは進路について何も考えていなかったので、目標がある卓弥を少し羨ましく思った。

二年になってから、チエミは選択科目から美術を外したので、柏田とはたまに校舎の廊下ですれ違うくらいだった。

卓弥はチエミの曖昧な態度をいいことに、チエミを自分の彼女だと公言するようになった。

皆の前で「チエミ」と呼び捨てにした。

西伊豆でチエミたちを見たことなど、忘れてしまったかのように。

クラスメイトたちは、卓弥とチエミが付き合いはじめたと思い込んでいた。
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