想 sougetu 月
 斎は危なげなこともなく私を部屋から連れ出し、お風呂場に入ると、いつ間にかお湯の張ってあった浴槽へと降ろす。

「い、斎! 私服着てる!」

 服を着たままお湯の中に降ろされ、シャツはもうずぶ濡れになっている。

「どうせ洗うんだからいいよ。それより一人で洗える? 俺が手伝おうか?」
「いい!」
「え? いい? それはいい考えだってこと?」

 斎はそう言いながら意地悪な笑みを私に向ける。
 わかっていてわざと変な風に言葉を受け止めた振りをする斎に私はお湯をすくうと斎に向かって投げつけた。

「あ、こら! 濡れるだろ」
「ばかぁ!」

 怒った私を見て、斎がくったくなく笑う。

「はいはい。じゃあ食事の準備の続きしてるから、全部洗い終わったら呼ぶんだよ」
「え? どうして?」

 お風呂まで連れてきてもらえたのは助かったけれど、どうしてまた斎を呼ばなきゃならないのだろうか?

「腰が立たないんだから風呂から出られないでしょ? さっきベッドから転げ落ちたのはいったい誰だった?」
「あ……」

 言われてみて自分が腰だけでなく、体に力が入らないことを思い出す。
 とてもお風呂が終わっても直るように思えないほど、体はふにゃふにゃと力が入らなかった。
 
< 60 / 97 >

この作品をシェア

pagetop