君がいるから
突然の行為と見上げた先にある微笑みに、大きく波打つ胸の鼓動、ますます顔の熱さが増していく。熱を持った私の顔に、時折――強く吹く風が頬を掠めて流れる。その度に、アディルさんの金の髪が揺れ、目を惹かれる。互いの視線が交差する中、アディルさんの指先が頬に触れようとする寸前――。
「こんなところで何している」
低く静かな声が耳に響き聞こえた。
「長……いいとこだったのに」
小さくため息を漏らし笑むアディルさん。そんな彼を鋭く冷たい瞳で見据えている人物が1人。
「交代だ。お前は儀式の準備の時間だ」
「あー、もうそんな時間か」
空を仰ぎ、掌で頭を撫でるようにしながら呟いて、視線を戻し自身の名を呼ばれた。
「残念ながら、とりあえず俺はここまで」
「お仕事ですよね。頑張って下さい」
私が緊張した面持ちでそう告げると、未だに持たれていた私の髪をそっと掌から滑り落とす。
「それじゃ、また」
くしゃくしゃ頭を撫でられ、アディルさんは私に背を向け足を前に踏み出した。けれど、すぐに立ち止まり振り返って、眉を下げた表情で私を見据えている。
「そんなに俺と離れたくない? そんな顔をしないで」
「…………?」
言われた事が理解出来なくて、頭に疑問符を思い浮かべる。そして、指先に温かいモノを感じて視線を落すと、アディルさんの袖を握る自身の指先がそこにはあった。その上にアディルさんの大きな掌が重ねられ――。
「ごっごめんなさい!! これは私じゃなくて……その! 無意識に……じゃなくて!!」
慌てて手を引っ込め、無かったことにしたくて自分の背に隠す。またやってしまったと、頬を赤らめながらふいに視線を落とし、言葉にならないことを何とか言葉にして口を開こうとするけれど。
恥ずかしさのあまりにギュッと目をきつく瞑ったら、突然、甘い香りがふわり私を包みこんだ。
「あきな。俺はすぐに戻るから、少しの間寂しくさせてしまうけれど、待っててほしい」
耳元で甘く囁やいた言葉を残して、包み込んでくれていた香りは遠ざかって行った。熱を帯びた耳を無意識に押さえながら、ただ呆然とその場で立ち尽くしていた――。