君がいるから
* * *
静けさが漂う中、元来た歩廊を黙々と足を進める2つの影。私とその前を歩く、あの人…アッシュさんがいる。少し歩く速度が早いと感じるアッシュさんの背中を必死に追う。歩幅が違うせいなのか、はたまたわざとなのかは定かじゃない。
目前の彼の背中を見つめていると、突然、肩越しにあの冷たい視線がチラリと私を窺う鋭い青の瞳と合う。その瞳を長く眺めていることは出来ずにすぐに顔を逸らす。
この人は恐らく私が話たことなど、何一つ信じてくれてない――そして、信用もしてくれていない。怖い……あの時、私を見つめた瞳が忘れられない――。
最後まで一言も交わさないまま、私の部屋へと辿り着いた。重苦しかった空気から漸く解放されるんだと思ったら、相手には聞こえないように、安堵の息を吐いた。扉を開こうと手を伸ばしたけれど、私が開くより先にアッシュさんが手にかけ扉を開いてしまう。
その行動に私は目を丸くし、視線だけをそっとアッシュさんに送ると、彼は私を見下ろし顎で中へと促した。
視線を外し、俯きながら部屋へと足を踏み入れて、アッシュさんの方へ向き直る。そして、少し震える唇を何とか開かせ、
「ありがとう……ございました」
私をよく思ってくれなくても、この場所まで送り届けてくれたことへの言葉だった。ただ、相手に聞こえたのか、自分でも分からない程の小さな声。
「礼など言われる筋合いはない。俺は王や老様方の命に従っているだけだ、勘違いするな。いいか、この部屋から許可なく出ることは許さない。一歩でも許可なく出た場合は、俺の判断で容赦なく切り捨てる。そのことをよく覚えておけ」
まるで、バケツ一杯に汲まれた水を一気に頭へ流されたよう。冷たく、身震いしてしまう低い声音。そこまで、私はこの人に警戒され嫌われている。下方へ落したままの視線の隅に、アッシュさんの足元が消えたかと思えば、力強く扉が閉じられた。まるで牢屋にでも監禁されたような、そんな気持ちにさせる無情な音だった――。