騙されてあげる~鬼上司に秘密の恋心~
「それからさ、麻菜ちゃん。泣いた?」
顔を覗き込むように少し屈んだ流川さん。
わたしは見られないように、慌てて顔を反らした。
「えっと……いえ。泣いてはなくて……えっと」
答えに詰まっていると、流川さんは優しく笑って、
持っていたハンカチでわたしの頭を拭いてくれた。
「こんなに濡れたら風邪引いちゃうね。近くに知り合いの店があるから、そこに行こう」
そっと背中を押す彼の優しさについ甘えてしまった。
もうすでにわたしは、自分がどこに向かっているのか、どこに向かえばいいのか分からなくなっていた。
「あ、ここって……前に」
「そう、前に麻菜ちゃんと来た知り合いのバーね」
まだ開店前なのに、まるで自分の店のようにどんどん中に入っていく流川さん。
わたしの手を引きながら。