大地主と大魔女の娘


 もう地主様との会話も尽きた。

 それなのに仮面越しの地主様の視線は、怖いくらい鋭い。

 何か言いたいことがあるに違いない。緊張する。

 

 身構えて待つが、地主様は何も仰らないままだった。

 ついに沈黙に耐え切れなくなって、言葉を発した。


『えっと、その。お酒、飲み切れましたね?』

『そのようだな』

『地主様のおかげです。ありがとうございます』

『……いや』

 駄目だ。

 何を言って会話は続かない。

 と言うよりもむしろ、地主様にはその意思がないようだ、というのが正しい気がした。


 そっとため息をもらしてから、立ち上がるべく手すりにすがる。


『では、地主様。やぐらから降りるとしませんか?』

『……。』

『えっと。シュ、シュディマライ・ヤ・エルマは、まだこちらに?』

『……。』

 なんの返答も無い。悲しい。

 虚しくなったが、その感情に浸っていても仕方があるまい。

 後ろに這いずってから、ゆっくりと立ち上がった。



『それではお先に失礼致します。なんでしたら、お酒のお代わりをお持ちいたしましょうか?』

『いや。充分だ。おまえは降りるのか?』

『はい。ジェスも待っていると言ってましたから……。』


 何の気も無しに、理由をあげた。

 それと同時だった。

 地主様が急に立ち上がった。

 怖くなり慌てて、やぐらから降りるべく、背を向けた。


『失礼いたします』

『行くな』

『え、でも。ジェス、待っているから』

『行くな』

『……。』


 今度は私が押し黙る番だった。

 いつのまにか腕に手が食い込み、痛みを訴える。

 上腕をひねるようにされ、無理やり引き戻された。


『あの男はおまえを嫁にと望んでいる。それに応えてやる気なのか?』


 静かに見据えられているはずなのに、こんなにも熱いと感じたことはない。


 これは恐怖だった。

 そうとしか表現できない。

 気が付けば、体は逃げを打つべく行動を起こしていた。


『や……っ!』


 ちいさく悲鳴を上げながら、やぐらの階段を目指し駆け出す――。


 それも気持ちの上、だけでしかなかった。


 
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