孤高の魚



この部屋の持ち主が、去年の3月頃、ここを訪ねて来た。
歩太の母方の、遠い親戚にあたる人らしい。


歩太が不在である事は知らなかった様子だった。
40代くらいのその男性は、困った様に人の良さそうな苦笑いを作った。


もちろん、僕はまだこのアパートを引き払うつもりはなかった。
少なくともこの東京に居る間は、ここに住むつもりでいたのだ。

事情を話すと、先方は僕との再契約を快諾してくれた。


学生にとって、8万円の家賃は高い。

けれども、ここを離れる選択肢など僕にはなかった。

事情を知っている尚子や工藤さんが、有り難い事に時折金銭面で支援してくれている。


………


「でも、もったいないよね。
一部屋空いててさ。
あたしがここに、住みたいくらい」


「何回も言ってるだろ、駄目だよ。
尚子には尚子の、ちゃんとした家があるんだから」


「わかってるよ。
言ってみただけ」


尚子は七花の顔を幸せそうに覗き込みながら、ちょっと膨れ面をして見せる。


< 485 / 498 >

この作品をシェア

pagetop