シュガー&スパイス
ぼんやりしていると、ふいに甘い香水の香りがしてハッとした。
気が付くといつの間にか、視界を遮るように千秋の顔があって。
真剣なその瞳の中に、目を丸くしたあたしと目が合った。
まつ毛にかかりそうなほど長い前髪。
そして、彼の指が額に触れた。
「……」
丁寧に切られていく、前髪。
千秋は、再びあたしの背後に立って、鏡越しに自分の切った髪を確認する。
はあ……。
びっくりした。
いつもなら、前髪切られるくらいどってことないのに。
変なこと思い出しちゃったから。
だから、千秋のこと意識しちゃってるんだ。
時折耳たぶや首筋に頬に触れるそのぬくもりに、なんだか泣きたくなる。
弱ってる心の隙間に、入り込みそうになる。
……ダメダメ。
しっかりしなくちゃ。
あたしは、もう一度息を吸い込むと、唇をキュッとしめた。
「……、もう少し切っても平気?」
そんなあたしの心の中の葛藤とは裏腹な千秋の、仕事モードの声。
あたしは、そんな彼の声を聞きながら、コクリと頷いた。
大人っぽくみせたくて伸ばしていた前髪。
英司に少しでも近づきたくて、少しでもつりあう女になりたくて。
背伸びしていたあたし。
あたしの気持ちが、ハラハラ音をたてて、床に散らばっていった。