ヤサオトコ

 男の後ろ姿に気になりながら、栗崎は店に入った。
 『好かん蛸』には、客がいなかった。


 「いらっしゃい。店を閉めよか、迷っていたとこよ」


 房江の愛想の良い声が聞こえて来た。


 「バレンタインデーなのに、ですか」
 「あほらしい。たこ焼き屋には、バレンタインデーも全く関係あれへんわ」


 「そうだったんですか」
 「そらそうや。気分直しに、二人で飲もか」


 「いいんですか」
 「かめへん。かめへん。店閉めるから、ちょっと、待っててな」


 房江は暖簾を下ろし、てきぱきと店仕舞いをした。
 終えると、房江はきゅうりを輪切りに切り始めた。


 トントントントン・・・。


 きゅうりを切る音がリズミカルに聞こえて来る。


 「こんなもんで、ご免やで」


 房江が蛸のきゅうり揉みと、ビールをテーブルに運んで来た。






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