すずらんとナイフ
「えー、今日の来場予定は5組、30名のお客様がこられます。
一組、中国からのお客様もいらっしゃいます。
それでは、皆さんよろしくお願いします!」
理香は流暢にそう言うと、コンパニオンたちに向かって、綺麗な角度でお辞儀をした。
すずは、いつも思う。
(理香さんて、朝から髪も化粧も完璧…
スタイルもいいし、まるでCAみたい…)
35歳の理香はフロアリーダーの肩書
きを持つ。
このラウンジで唯一の正社員で、営業部二課に所属している。
すずたちコンパニオンのまとめ役だ。
既婚で小学生の女の子がいる。
服装もすずたちとは違う。
会社から支給された紺色のパンツスーツを身に付け、紫とピンクのマーブル柄の鮮やかなチーフを花のような形にして、首に巻いている。
すずたちコンパニオンは、膝丈スカートのレモン色の半袖ワンピース姿だ。
それがユニフォームなのだ。
初めてこれを着た時、すずは理香に言われた。
「三浦さん、ワンピースのスカート、後ろのスリットが意外に深いの。屈む時は注意してね」
スクエアネックの、身頃の両サイドに黒いラインが入っているそれは、有名な女性デザイナーによるものらしいが、すずたちは「ヒヨコルック」と呼んでいた。
そして、紺地に黄色の幾何学模様のスカーフを首に巻く。
顔の左下に結び目がくるようにする決まりだ。
それにワンピースと同じレモン色のツバのない小さな帽子を被る。
その帽子をうまく被る為には、髪をお団子ヘアーにしたほうがよかった。
そうするとヘアピンで帽子を固定できる。
だから、すずは毎朝、自宅で髪をお団子に結い上げて出勤した。
「5組かあ…少ないな。今日も暇だね?」
すずが言うと岸山恵(きしやま めぐみ)が笑顔で答えた。
「よかったねー正月明けは忙しすぎて、ホント死ぬかと思ったよー」
「うん、ヤバかったよね。ふくらはぎに湿布貼って乗り切ったよお」
「すずってば湿布剥がし忘れて、接客してたの見たときは血の気が引いたよ〜ストッキングの下にペったりだもん!」
「もお、恵、いっつも同じ話する!」
恵はコンパニオン仲間で、すずとはとても仲がいい。
本当、先月の正月明けの昼時は忙しかった。
何組の客が来たのだろう。
ちょっとしたホテルの宴会場ぐらいあるラウンジが常に満席だった。
ラウンジの裏の厨房は、まるで戦場みたいな騒ぎだった。