愛しい子
「あのね、加治」

『ん?』

「今度の土曜、私の家に来てほしいの」

『……あれか、親御さんに挨拶に行くのか』

「んー、少し違うなぁ」


とりあえず事情を話したら、「よしわかった」って言ってくれた。でも絶対緊張してる。声震えてる。


『と、とりあえずさ、どんな格好すればいいかな?』


声が上ずってる。加治がここまで緊張してるのは初めてかも。


「格好って……。私服でいいよ」

『バカ!チャラくてだらしない男とか思われたらどうすんだ!結婚どころか赤ちゃんさえ許してもらえねえぞ!』


うるさっ。電話で叫ばないでほしいな。


「大丈夫だよ、あんたの私服全然チャラくないから。あとだらしないってか、めんどくさがりなのは本当だし」

『少しは心配しろよ!』

「してるよ!格好よりあんたの親御さんの用事とかあるでしょ!」

『そこはいいから!』

「よくないから!」


あーむかつく。妊娠中だから余計にイライラする。

私達はお互い黙ってしまい、落ち着いた時に加治が口を開いた。


『今日は遅いから寝ろ。赤ちゃんに何かあったらやばいから』

「土曜のことどうすんの。もっと話さないと」

『明日詳しく話す。早く寝ろ!』

寝ろって……、私だって眠たいけど土曜のこと心配で眠れないの。
たしかに赤ちゃんは心配だけど……。


「もう少しだけ……話そうよ」


本当はさ、土曜のことは加治の言う通り明日話せばよかったんだ。

だけど、どうしてかな。




加治の声が、聞きたかったの。


「加治と、ずっと話したいの」


ぽつりと、本音が漏れる。



『……あほ』

ため息混じりで言われ、ちょっと反省する。

呆れてる。まあそうだよね、そんなのわがままだよね。


ごめんね、と言おうとすると、加治がそれを遮るように言った。





『そんなこと言ったら、今すぐお前んとこ行って連れていっちまうぞ』



「……いやん、素敵」

『頼むから否定してくれ』

あら、照れちゃった。



加治はそのあとしばらく私の話し相手になってくれて、私が安心したあと、


『体を冷やすなよ。あと不安になったら電話していいから。とにかく体を大事にな』

とかいっぱい言って電話を名残惜しそうに切った。
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