いつかの君と握手
「……結構余裕だな、あたし」


青年のライバル的存在である、研究所の先輩のキャスティングまで考えたところで我に返った。

しかし、随分と妄想世界に浸っていたみたいなのだけど、青年博士が声をかけてくる気配はない。
いや、現実ってこんなもんだろうけどさ。
しかしタイムスリップなんて非日常が起こったんだから、そういう夢が叶ってもいいと思う。


いかん。
不毛な妄想から建設的なことへ頭を切り替えなくては。


ええと、平成15年、といえば9年前、か。
あたしは小学生、になるんだよね。1年生か。

あれ? 9年前って単語、どっかで聞いたことあるな。
どこだっけ。つい最近だったような気がするんだけど。


「えーと、えーと……、あ! 大澤!」


そうだ。大澤が言ってたんだ。
9年前のK駅って。
それって、今のこの場所じゃないの?
偶然なの?


「ねえ、きみ」


ぽん、と肩を叩かれて顔を上げると、そこにはカバのような大きな口をしたおっさんが立っていた。


「博士はこんなのじゃない」

「は?」


いかん。まだ余韻が残っていたのか。
しかし、愛すべき博士はこんな容姿ではない。
もっと繊細なお顔立ちであるべきなのだ。


「ねえ、きみ、高校生だよね?」

「は? はあ」


なんだ、このおっさん。
やけにニコニコと笑いかけてくるけど、何が目的?
もしかして、これが俗に言う『怪しい方向のスカウト』というやつ?
こんな地味なあたしにまで声をかけてくるとは、かの業界の闇は想像以上に深いのやもしれん。

ああ、鳴沢様のいらっしゃらないこの世界は、悪がはびこっておりまする!

じゃなくて。

いかんいかん、どうも頭がおかしい。
自分じゃ落ち着いていたつもりだけど、やはりこの状況には冷静ではいられないらしい。


「学校はどうしたのかな? この時間帯って、授業が始まるころだよね」

「え、学校、ですか?」

「見たところ大きな荷物抱えてるし、どうしたのかな? 悩み事があるのなら、聞くよ」


カバのおっさんの着ているスーツの右腕に、腕章が巻かれているのが見えた。


『安全パトロール・保安員』


これってもしかして、あたし、補導されかかってますか?
ヤバい。ヤバい。
ここで補導されたら、絶対ヤバい。


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