いつかの君と握手
視線を避けるようにして、構内の隅っこへイノリを連れて行った。

自動販売機の横に置かれたベンチ(あたしの記憶じゃぼろぼろだったのに、新品同然で、ちょっと感激した)に並んで座り。
バッグを漁って500円分のおやつを引っ張りだした。

むす、とした様子のイノリに、9年後で新発売のお菓子を差し出す。
とりあえず、お怒りを解いてもらおう。


「えーと、これおいしいよ。食べない?」

「……初めてみた、これ」

「ほらほら、食べてみな?」


あたしが今一番気に入っているチョコレート菓子なのだ。
これを美味しいと思わない子どもはいない! 多分。


「おいしい」


期待通り、イノリは顔をほころばせた。
よかった。そっと胸を撫で下ろす。


「ほらほら、もっとお食べー」


機嫌がよくなるように、どんどん勧める。
お菓子を半分ほど食べたころ、ようやく元の笑顔をみせてくれた。


「おねーさん、これどこで売ってるの? 好きな味だった、これ」

「へへん、ひみつー」


おどけて言うと、イノリはかわいらしく頬を膨らませた。


「大人なのにいじわるしちゃいけないんだよー」

「あたしはまだ子どもだもーん」

「じゃあおねーさんじゃないじゃん」

「そうだよー」


ふふん、と笑ってお菓子を勧める。
再び口をもぐもぐ動かしたイノリの横顔を見ながら、自分も一口ぱくりと食べる。
うへへ、やっぱりおいしい。


「ん? どうしたの?」


イノリがあたしを見上げていた。


「おねーさんじゃないならさあ、名前、なんていうの?」

「ああ、そっか。自己紹介してなかったよね。茅ヶ崎美弥緒だよ」

「ちがさき、みやおちゃん?」

「そう」


さっき買ったお茶をこくんと飲んで、いる? とイノリに訊く。
手渡すとイノリは細い喉をならして飲んだ。


「ぷは。ありがと。みやおちゃんってかわいい名前だね。ネコみたい」

「あはは、よく言われる。仲のいい友達はミャオって呼ぶんだよ。今はもう数人しか呼ばないけどさ」

「いいね、それ。ぼくもミャオちゃんって呼んでいい?」

「ミャオでいいよ」

「わかった。ぼくのこともイノリでいいからね。
でさあ、何でミャオはぼくの本当の名前を知ってたの?」

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