いつかの君と握手
「あ、オレのケータイだ。あいつ、わかったのかな。
もしもしー、ヒジリですけどー」


電話の相手に期待する。
しかし、聞こえてきたのは女性の声のようだった。


「あれ、比奈子か。うん、ああ、尾木に訊いたのオレだけど。
まあいいや、あのさー、風間さんの居場所とか知ってる? 

何で、って別に理由は言わなくてもよくない?
はあ? だからさ、なんでいちいち理由がいるのってこっちが訊いてるわけ。
オマエ風間さんの何? 粘着ストーカーか、おい」


電話口の相手の声がキンキンと高くなっていくのが分かる。
三津の眉間にもシワが刻まれだした。


「はあ? 何言ってんの、オマエ。ワタアメの雲が浮いてるようなメルヘンの国に帰れ、んでもって戻ってくんな。ばーか」


え、口論開始?


「あーあ。喧嘩しちゃダメじゃんねえ。
比奈子って子ね、風間さんのすんごいファンで、自分だけのものって思ってるフシがあったのよ。
元々人見知りを治したくて入団したらしいんだけど、その時風間さんが優しくしたらしくって、それがきっかけっぽい。
多分だけど、初恋ってやつなんじゃないかな。
いやそれにしても、ヒジリ嫌われてるみたいねー。結構結構」


様子を見ていた柚葉さんが愉快そうにくすくす笑った。


「いや、だから、オマエ何なの? 後輩のくせに指図すんなって。マジムカつく女だな」

『言えないことでもあるんですか!? 一心さんにまた迷惑かけるんでしょっ』


おお、ここまではっきりと声が聞こえた。若そうな声だけど、いくつくらいの人だろう。


「迷惑じゃねーし! つーか、オマエにかけてるわけじゃないからいいだろーが」

『はっ。アンタなんかにぜったい教えない』

「アンタぁ!? てめーふざけんなよ。女でも容赦しねーぞ、練習のとき素足でダッシュさせるからな!」

「素足でダッシュって、稽古のときは確か全員そうだったはずだけどねー。三津、馬鹿だねー」


あはは、と柚葉さんが大きな声で笑う。
その声に三津が反応して顔をしかめたとき、


『ヒモ野郎は異界に飛ばされて熊に殺されろ!』


と捨て台詞を残して通話は切れた。


「はあ!? あいつマジでムカつく!」


ケータイを床に叩きつける三津を、柚葉さんが辛そうに見つめた。


「アンタ、後輩にヒモ認定受けてんだ……。うわ。アタシが凹むわー」

「もういい、劇団の奴等はまだいるからな。一人くらい知ってるかもしんねーしな」


ぶりぶりと怒った三津は、それから何人かの人に連絡をとったが、
全員から『比奈子に訊け』と言われ。
話はそこで止まってしまった。



「アンタさ、比奈子ちゃんに頭下げて教えてもらいなよ」

「嫌だ。あの女、いつか泣かせてやる。鬼の稽古を待ってやがれ」


ぎりぎりと唇を噛み締める三津を見て、柚葉さんがため息をつく。

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