いつかの君と握手
「アンタのプライドなんて、今の問題からしてみればちっぽけでしょーに」

「問題も大切だけど、オレのプライドも大切なの! あ、そうだ、柚葉。
こういうときに男を慰めて、いい気分にさせて仕事に向かわせるのもいい女の条件らしいって聞いたぞ」

「は? アンタ、都合のいい誉め言葉で持ち上げて欲しいわけ? そしたらプライド投げ打って頭下げるんだ?」

「な!? え、そういう意味なのっ? うわ、男って馬鹿じゃん」

「アンタがな」


二人の掛け合いを眺めていたら、カタンと音を立てて隣室への襖があいた。
おずおずとイノリが顔を覗かせる。


「ごめんなさい……、ぼく、寝てたみたい」

「おはよー、じゃないか。もう暗くなりかけてるもんね」


窓に目をやれば、空は濃い紫色に変わり始めていた。


「あ。アンタ、そろそろミーティングという名の飲み会じゃないの? どうなってんの?」

「比奈子とあんなことになったからなー。話は流れた」

「どういうこと? 比奈子ちゃんがメインで動いてたの?」

「比奈子の友達を紹介……じゃねえや、ええと、比奈子の友達が劇団について知りたいっつーから、うーんと、説明? えへ?」


三津は嘘をつくのが非常に下手なのらしい。
みえみえの嘘は、横で聞いていたあたしにも充分看破できた。


「ふうん? 結局は、合コン、ってことね?」

「いや!!! そんな大層なモンじゃなく! 親睦会?」

「へええええええ? 言葉を知らないようだから教えてあげるけど、見ず知らずの女の子と親睦を深めようとする会を、『合コン』って呼ぶらしいわよ? 一般的には」

「へええええええ? 知らなかったー。オレって単なる博愛主義者だからー、って、んがぁっ!」


逃げようと腰を浮かせた三津よりも、柚葉さんのこぶしの方が早かった。
こめかみにガッコンと、全力で振りかぶったゲンコツが入った。


「女好きもいい加減にしやがれ。7回死ね」

「か、回数増えましたね……」


がくり、と床に倒れこむ三津。


「ミャオ? ええと、止めなくていいの?」


二人のやりとりをびっくり顔で眺めていたイノリが、三津が倒れたことでおろおろし始めた。


「ああ、いいのいいの。三津が悪いんだから。イノリはこっちに座ってたらいいよ」

「う、うん」

「イノリ、疲れはとれた?」

「うん。ごめんね? ミャオも疲れてるでしょ?」

「あたしは平気だよ。大丈夫」


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