いつかの君と握手
「あの人が後輩から金取り立てるわけねーじゃん。なーんにも言われなくてすんだよ」

「は? 済んだ、じゃないでしょう? 三津さん、一心さんの好意に甘えすぎなんじゃないですかっ?」

「甘えてるよ? オレあの人好きだもん」

「だもん、じゃないでしょう? 信じらんないっ!」


おおおお、比奈子が食いついた。
三津、上手い! さすが劇団員、演技派!


「だから柚葉にも叱られたっつったろ。うるせーな。
で、教えろよ。まあ、オマエが教えたくないなら別にいいんだけど。返さなくて済むしな」

「アンタ、そんな卑怯な真似アタシが許さないから」

「そうですよ! 一心さんに心より詫びてください!」

「比奈子に言われなくてもわかってんだよ。オレが返したほうがいいっていうなら早く教えろよな」

「K県の**にある柳音寺です!!」


比奈子はあっさりと答えた。
K県って隣の県じゃん。**なら行けない距離じゃない。
家族で日帰り旅行に行ったことあるし。


「りゅうおんじ? それ、地名?」

「違います。お寺です。一心さんは、お寺の住職の息子さんなんですよね」


自分だけが知ってる秘密なんだからね、そんな感じの自慢げな口ぶりだった。
確かに三津は知らなかったようだ。


「寺の息子ぉ? へー、じゃあ風間さんも坊主になんのかな。
もしかして既にスキンヘッドだったりしてなー」

「一心さんのご実家の宗派は剃髪しなくてもいいんです! お父様も有髪だって聞きました!」


……ほほう?
下衆な目で見て申し訳ないが、袈裟姿の渋いオジサマというのは、何だか素敵じゃないですか?
気高いというか、何というか。高嶺の花? 違うか。
しかし、三津がオカルト系の話が得意だとか言っていたけど、お寺の息子さんならさもありなん、だな。
って、あたし、物の怪扱いされたらどうしよう。成仏とかさせられるのでわ。


「父さん、お坊さまってこと?」


イノリが不思議そうに訊いた。
そっかー。この子も詳しく知らないんだ。


「父ちゃんのほうはまだ分かんない、かな。でも、イノリのおじいちゃんはお坊さまだね」

「ふうん。おじいちゃんかあ。ぼく、会ったことないや」


加賀父はあまり実家に帰らなかったのかな?


「とにかく! 早く一心さんにお金を返してくださいね! 葛西さん、お願いしますね?」

「了解。ちゃんと返金させます」

「じゃ、じゃあ勘違いして急に来てすみませんでした!」


最後、とってつけたように言ってから、比奈子は帰って行った。

カンカンカン、と階段を降りる音がして。
しばらくしてから、襖が開く音がした。


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