平成のシンデレラ

けたたましい足音がしたなと思ったら勢いよくドアが開いて
明け方被せてやった上掛けを体に纏った香子が
慌てた様子で駆け込んできた。



「何をしたの?!」
「・・・あぁ?」



時計を見ると午前8時過ぎだった。眠ってからまだ3時間そこそこだ。
覚めやらぬ頭と体をゆっくりと起こした。



「ったく。朝っぱらから、やかましい女だな」
「とぼけないで!」
「何のことだ?」
「あ、貴方の仕業でしょう?」
「だから、何のことだ?」
「目が覚めたら・・・」
「目が覚めたら?」
「は、裸だったのよぅ!」
「それがどうした?裸で眠る事が、そんなに驚くようなことなのか?」
「そうじゃなくって!は、裸になった覚えがないのが問題なのよ!」
「お前の覚えなんて、知るかよ」



知らない振りで邪険にしてやった。
すっかり狼狽して慌てる香子の様子は可笑しくて見ものだ。
つい口元が緩みそうになるのを、あくびをする振りで誤魔化した。
あれだけ熟睡してれば覚えていないのも無理はない。



「とぼけないでよ!貴方なんでしょう!?」
「あ?俺が何だって?」
「私の他には貴方しか居ないじゃないの」
「だから!何をしたって言うんだ?」



何をされたのかを言うのが恥ずかしいのか照れるのか。
イイ年して今更、と内心嘲笑する。
抵抗のある事をあえて言わせるのもまた一興。
意地悪い所業なのは分かっている。
でもこれは昨夜俺に黙って一人で帰った罰だ。



「着てる物を・・ぬ、脱がさなきゃできない事をよ!」



へえ、そうきたか。SEXの一言がそんなに言い難いか?
あくまでオブラートに包んだ言い方しかしないのは気に入らないが
まぁこの辺が限界なのだろう・・・なんてこんなんで終わると思うなよ?
寝てる間に俺とヤったと思っているのなら
お望み通りそういう事にしておいてやる。
俺にとっても都合がいい。



「家族じゃない男と暮していて、鍵をかけずに寝てる方が悪い」
「鍵がかかってないからって寝てる女を襲う男だって普通じゃないわ。
節操なし!変態よ!」

「そうだな」



ベッドから降りて立ち上がると香子が小さく後ずさった。



「え?・・・ちょっとやだ。何認めてるのよ?」
「抱きたくて仕方ない女が無防備な姿で寝てたら
節操なんて吹っ飛んで、変にもなる。今だって・・・そうだ」



香子に駆け寄って抱き寄せて、ベッドへ放り投げるように倒して圧し掛かる。



「ちょ・・・いやぁ、何するのよ!バカ!」

「抱いてくださいと言わんばかりの格好で
男の寝てる部屋に駆け込んできたお前が悪い」



何か言いかけた香子の唇をキスで塞いだ。
硬く閉ざした唇がどうすれば緩むかなんてもうとっくに知っている。
隙間なく体を抱きしめて、唇を上下交互に柔らかく食むように
何度も合わせる。 甘く甘く・・・ただひたすらに甘く触れてやる。



「ん・・・・」



ほらな。
零れる吐息が淡く色づいてきて
強張った身体が解けていくのが分かる。
素直になれない心が解けるまであと少しだ。



「香子・・・香子」



繰り返し名前を呼んで肌を撫でて
開きそうになる香子の瞼をキスで閉ざした。
もう少し目を閉じていてもらおうか。お前の理性を完全に酔わすまで。



「待って・・・」
「待てない」
「違うの・・・」
「ん?」



少しだけ体を離し頬を撫でて「何?」と言葉の先を促した。



「どうせなら 起しなさいよね」
「はあ?」
「ズルいわよ。人が寝てる間にこっそりなんて」
「酷いじゃなくて、ズルいのか?」
「だって!・・・だって」
「何だ?」
「・・・もったいないでしょ」


その一言に思わず噴出してしまった。しかも盛大に。
まったく回りくどいヤツだな。そうならそうと言えばいいものを。
「もう!そんなに笑うことないでしょう」と
頬を赤らめて顔を反らした香子の顎先を掴んで上向かせ
唇に触れるだけのキスをした。


「素直じゃないお姫様だ」
「どうせ素直じゃないですよーだ。私の事なんて構ってないで
可愛くて自信家のホンモノのお姫様のところに行けば?」


それが麗佳のことだとすぐに分かった。
あの気性だ。相当あてつけられたんだろう。
気の毒だったとは思うが、妬かれて悪い気はしない。


「素直じゃない上にヤキモチ妬きだ」
「放っといて」
「放っとけるかよ」


体の全てを覆うように抱きしめて息が止まるほどに口付けた。
ポカポカと俺の背中を叩いていた香子の拳が開かれて
掌がそろそろと控えめに俺の背中を撫ではじめた。


「お前 俺の事、好きなんだろ?」
「知らない」
「言えよ」
「あのね、こういう時は黙って・・・もう、早く抱きなさいよ!」



恥ずかしいんだから、と顔を覆った俺のお姫様は
素直になれないヤキモチ妬きで照れ屋らしい。
こんな女が愛しくてしかたないのだから俺も物好きだ。



「ああ、抱いてやる。だからお前も俺を抱くんだ。いいな?」



囁いた香子の耳元が赤く染まり
顔を隠したままうんうん、と頷く香子の細い指先が
俺の髪を乱し始めるまでそんなに時間はかからないだろう。



今度は・・・いや、もう逃がさない。



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