泥だらけの猫
「あ、いや。何か気付いたことでも無いかと思いましてね」 

 刑事はいかにもバツが悪そうに作り笑いをした。 
「いいえ、何も」

「音とか声とかは?」

「いいえ、何も気付きませんでしたが」

 私は考える素振りを見せるよりはハッキリと言い放ったほうが良いと思った。さっきの言い方だと私に疑いを掛けているのは手に取るように解る。いや、解るというよりもわざとカマを掛けて私の表情とか振る舞いを観察している。顔はニヤニヤしているが、目は狼そのものである。


「そうですか。付近を聞き込んだのですが、何せ情報という情報が何一つも無くてですね。では、何か思い出したら連絡下さい」

 刑事は、浅村佳祐と書いてある薄っぺらな名刺を差し出すと、「では、また」と行って帰っていった。  私は、部屋に入るなり浅村の名刺を丸めて部屋の角に置いた小さめの黒いゴミ箱に放り込んだ。
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