ジューンブライド・パンチ
「ああ……手の痕が」

 メイクさんが小さい声で言った。

「うそ! ちょっとー! どうすんだこれ!」

 それを聞いて、わたしの怒りはさらに大きくなる。

「メ、メイクで隠しましょうね」

 ドレスは背中が大きく開いているから、そんな手形があれば目立つのだ。

「ちょっと、ちょっとだけ、叩いただけじゃん……」

 いたずらを怒られたみたいな顔をして、カズミが言う。
 うるせぇテメエは黙っていろと、乱暴に心の中で叫んだ。深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。酔っぱらいとケンカしても埒があかない。名誉のために言うけれど、彼はわたしに暴力を振るったことはない。
 酔っていて力の加減が分かってないと言っても、わたしよりも体格が良く、手も大きいし、男性だ。手の痕も付くよ、そりゃ。

「もうさ……どうするの。この式場で語り継がれるよ。控え室で殴り合いしたカップルが居たって」

 ウケを狙ってそう言ったんだけど、ヘアメイクさんとスタッフは苦笑いだった。ちょっとここ笑うところだよ。仕方なく、ファンデーションで背中の手形をカバーし、バタバタとお色直しの準備が終わると、会場に設置された階段から入場となる。

「よし、終わったらみんなで二次会に行きましょう、二次会!」

 介添えの年輩女性スタッフに言うカズミ。誰に言ってるのよ。

「とりあえず、終わってから考えようよ。それより、明日は仕事でしょう」

 冷静過ぎなのかもしれないけれど、ここは100%酔っていないわたしがしっかりしないといけない。カズミはもはや戦力にならない。HPもMPも1しかない。でも、なにかのはずみでテラフレアを唱えてしまいそうな危険をはらんでいる。

「行くときさ、抱っこするから。行けるかな? あとさ、関東平野って言っていいかな? な!」

 泥酔していても、そういうことはしたいのか。あと、関東平野ってなに。ここ盆地なのに。

「ドレス込みでかなり重いですから、気を付けてくださいね! 落としたら大変なので階段は抱っこしたまま降りないでください」

 介添えに注意されつつ、お姫様抱っこをする気マンマンのカズミ。なにこのテンション。

「ね、二次会、みんなで二次会行きましょう!」

「ハイハイ」

 お色直し入場曲がかかり、ドアが開く。その瞬間にお姫様抱っこを決行。5歩くらいだったけれど、泥酔のカズミは、ドレスのわたしをお姫様抱っこしたのだった。
 
「落とすなよー!」

 ヤジが飛ぶ。ヨロヨロだったけど、その場にわたしを降ろし、階段を降りる。

「関東平野ー!」

 なに叫んでるの。意味がわからないから!

< 15 / 19 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop