主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
いつまで経っても顔を見せない若葉が気になって仕方がなくなった丙は、丘の上のもぬけの殻になった家の前で立ち尽くしていた。


「え…?若葉…どこに…!?」


寺子屋に通っていた時は、皆の輪には加わってはいたがどこかひとり異質な空気を纏って大人びていた若葉のことが気になり、それが恋心に発展するまで…そんなに時間はかからなかった。

また親の居ない若葉を不憫に思った両親も、若葉と仲良くなって家にまで遊びに来ることを喜んで、嫁に来てほしい、とも言ってくれるようになったのだが…


「あの…すみませーん、誰か若葉がどこに行ったか知りませんかー?」


勇気を振り絞って主さまの屋敷の玄関で声を張り上げた丙だったが…中はしんと静まり返っていて、不気味なことこの上ない。

だがどこかしらで息を潜めてこちらを見ている多くの視線だけは感じるので、緊張して立ち尽くしてしまった丙は、逃げ出すこともできずにいた。


「…若葉はあの家には居ない。引っ越ししたんだ」


「朔様!引っ越し…ですか?俺そんな話聞いてな…」


「お前の許可が必要だったのか?今も銀と2人で暮らして何不自由なく生活している。前に言ったように、お前に会いたいと思えば若葉から会いに行く」


暗に“会いに行くな”と言われた丙は、またぐっと大人びた朔の表情と雰囲気に気圧されながらも、なんとか踏み止まって番地を問うた。


「でも場所くらい…。声はかけません、ちょっと遠くから見るだけ…」


「…それならいい。ちょっと待ってろ」


少し開けた襖から顔だけ出して話していた朔の姿が見えなくなり、ほっとした丙がほう、と息を吐いていると――いきなり真横から声をかけられて、飛び退る。


「丙…っていう子だよね?若葉に会いに来たの?」


目線を落とすと、それはもう綺麗で可愛らしい女性がにこにこした顔で見上げてきていたので、彼女が主さまの妻であることを知っている丙は、地面に頭がつきそうな勢いで頭を下げた。


「若葉に会いたくて…でも会いません。遠くから様子を見るだけにしておきます」


「今はそっとしておいてあげてね。今とても大切な時期だから」


“何が?”と問いたかったが、朔が戻って来たのでまた緊張して直立した丙に、朔が番地を書いた紙を手渡す。

以前は朔と若葉との仲を疑っていたが…純粋に若葉を心配している風の朔は、また念押しをした。


「どんな光景を見ても、声はかけるな。約束しろ」


そう念を押された理由を丙はすぐ知ることになる。
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