主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
翌朝、銀は息吹の口から若葉が嫁ぐことを知らされた。

高熱にうなされて一向に熱が引かなかったことが心配で離れたくなかったのだが…若葉はもう、こうして干渉されることを嫌がっているのかもしれない。

とうとう息吹が声を上げて泣いてしまうと、小さな子供たちにもその悲しみが伝染してしまったかのように泣き出して大合唱になってしまった。


「泣くな…。泣くな、息吹」


「主さま…若葉に嫌われちゃったんだよ!?一緒に暮らしたくないって…!もう会いに来ないでほしいって書いてあったんだよ!?悲しくないの!?」


主さまの胸をどんどんと叩いて泣きじゃくる息吹の取り乱した姿は、朔もはじめて見る。

…幽玄橋に捨てられていたという同じ境遇で強く共感していたせいもあるだろうが、何よりも若葉は息吹の手によって育ったも同然だ。

そんな若葉からあまつさえ“会いに来ないで”と手紙に書かれてしまったことがよほど悲しいのか、息吹の慟哭は止まらなかった。


「嫁ぐ…だと…?若葉が…丙に…」


ぽつりと呟いて絶句してしまった銀は、あれから家の中を探し回り、若葉が何ひとつ持ち出すことなく家を飛び出していったことを知った。

愛用していた手鏡や着物も一切持ち出ださずに、着のみ着のままで飛び出して行った若葉――


あの時の会話がよほど堪えたのか――

そして、心にもないことを口走った自分の言葉を真に受けてしまった若葉は…もうここには戻らない覚悟をしてしまった。


「…俺が会いに行って連れ戻す。こんな茶番今すぐ終わらせて…」


「待て、銀」


何かを頭上から押し付けられたような圧迫感を感じて言葉を詰まらせた銀は、低く冴え冴えとした声で呼び止めてきた主さまを睨みつける。


「待つ時間がもったいない。あれは俺がこの手で育ててこれから花嫁修業を…」


「花嫁修業など必要ない。…若葉は丙に嫁ぐ。俺たちはもう何もしてやれない。銀…お前の身から出た錆だ。お前が素直にならなかったが故に引き起こされた惨事だ。…息吹、子供たちが心配する。もう泣くな…」


泣き止まない息吹にひしっとしがみ付かれた主さまは、息吹の背中を撫でてやりながらも銀に注意を強く呼びかけた。


「会いに行くな。若葉の思いを踏みにじるつもりなら、俺がお前に制裁を加える」


――大きく舌打ちをした銀は、苛立たしげに庭に湯呑を投げつけた。

ぱりんという儚い音が、空しく響いた。
< 137 / 593 >

この作品をシェア

pagetop