主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
誰かがずっと手を握ってくれていた。

…いつもは熱を出しても1人で対処しなければならないことが多く、多少の熱ならば息吹たちを頼らずに1人で寒い家の布団にくるまって寝たことも多い。

銀は妖だから、人が病に罹るという感覚を未だに理解できていない。

だからこの手を握ってくれているのは…銀ではない。


「……ひのえ、ちゃん…」


「若葉!よかった、目が覚めたんだな。具合はどうだ?喉が渇いただろ?水を飲んで」


身体を起こしてもらって水を含むと、引き攣った声がようやく元に戻り、ぼんやりとした表情で部屋を見回して、ここが丙の家だとわかった。

…もう頼れる人は丙しか居ない。

あの話を盗み聞きした後無我夢中で駆けて、自分は丙の家までたどり着いていたのだ。


「私…どうしたの…?」


「ひどい熱が出て大変だったんだよ。でももう大丈夫。…息吹さんが薬を持って来てくれたから」


――息吹。

唯一心残りで、時には母のように姉のように慕っていた息吹と離れなければならないことは…かなり寂しい。

だが、銀にひどい言葉を浴びせられて、今後何もなかったかのように2人で暮らすわけにはいかないのだ。


…惚れている、と気付いたのはついぞ最近のことだったが…性質の悪い病に罹ったのだと思って忘れてしまおう。



「お姉ちゃんが……。ひのえちゃん…私…ここに居てもいい?もう戻りたくないの。普通の生活をしたいの」


「俺は歓迎だけど…でも若葉…お前は銀さんのことが好きなんじゃ…」


「ぎんちゃんなんか、好きじゃない」



強い口調で断定した若葉は、自身の強張った声に驚いて俯いた。

しばらくの間沈黙が部屋を支配したが、元々明るい性格の丙は、冷え切った若葉の手を包み込んで火鉢の方へ寄せてやりながら、笑いかけた。


「完全に治るまで横になってろよ、俺が傍に居るから。…もう戻らない覚悟なんだよな?」


「うん。ひのえちゃんがまだ私をお嫁さんにしたいって思ってくれてるなら…」


「思ってるから。でも焦ってほしくない。軽はずみな気持ちで夫婦になりたくないんだ。落ち着いたらゆっくり話そう。な?」


「…うん。ひのえちゃん…ありがとう」


――泣かない若葉。

表情も相変わらず無に近かったが、少しだけ口元が緩んだのを丙は見逃さなかった。


今は心を落ち着けてやることが先決だ。

丙は、銀がここに来ないようにと祈った。


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