主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
丙の両親は、若葉が嫁ぐ決意をしたことを心から喜んだ。

何しろ丙ときたらどんな良い縁談でも断り続けた頑固者なので、ようやく家に連れてきた女性が主さまに縁があることを知って驚いたが、反対はしなかった。


「若葉ちゃんが心変わりをしないうちに早く縁談をまとめましょう。招待の文を出して、立派な白無垢を…」


「母さん、白無垢は用意しなくていいよ。…息吹様が用意してくれるらしいんだ」


丙の母と丙は顔を見合わせた後、僅かに表情を曇らせた若葉を励ますようにして取り囲んで笑顔を取り繕った。


「きっと立派なものを用意してくれるだろうな。若葉…息吹さんに白無垢姿を見てもらわなくていいのか?」


「…私…お姉ちゃんに会わせる顔が無いから。手紙ひとつで別れを切り出して飛び出してきたから…お姉ちゃんだって本当は私に会いたくないはず」


「そんなことない!息吹様は若葉が熱を出したって知って血相変えて薬を取りに行ってくれたんだ。…若葉が会いたくないのは、銀さんだけだろ?」


「…!ひのえちゃん…」


込み入った話になったことを悟った丙の母は静かに部屋を出て行き、時が止まったかのようにして見つめてくる若葉の手を握った丙は、悟りを開いたような表情をしていた。



「俺に惚れてるんじゃないんだろ?それくらい俺もわかってる。でも…俺と夫婦になれば、きっと銀さんのことを忘れることができるよ。俺…2番目でもいいから」


「ひのえちゃん…ごめんなさい…ごめんね…」


「謝らなくていいから。少しずつでいいんだ。少しずつ一緒に歩いて行こう」



あまりにも優しい丙の言葉を笑顔に胸が熱くなるという慣れない経験をした若葉は、丙の手を握ったまま床に寝転んで微笑んだ。


「私…病気がちなの。それでもいい?」


「俺がずっと看病してやるから。畑仕事だって無理しなくていいんだ、若葉が居なくったって働き手は沢山居るから」


「…ぎんちゃんに会いたくないの。もし近くで見かけたら…」


「うん、俺が追い払う。何も心配しなくていいから少し寝て。起きたら苦い薬湯が待ってるからな」


丙が部屋を出て行くと、若葉は昨日から今日にかけて状況が一変してしまったことをまだ振り返れずに、銀と過ごした記憶を忘れ去ろうとした。


だが…できない。

銀は育ての親であり、時に兄のようであり…そして、はじめて惚れた男。

近くに居すぎて気付けなかった感情を知った直後に別れなければならないつらさが心に沁みて、ぎゅっと瞳を閉じた。
< 139 / 593 >

この作品をシェア

pagetop