主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
高千穂の山奥に、主さまの父である潭月が作った小さな村がある。

力が弱い妖や、妖と人との間に生まれて迫害された不運な子――

彼らを匿い、人と同じように家を建てて野菜や花を育てて慎ましやかに暮らしている小さな村に着いた銀は、背中から若葉を下ろして村の長を捜した。


「俺たちに気付いているはずなんだが…どこに居るんだ」


「ここだ。この村に落ち着く決心をしたのか」


「潭月…この村に住みたい。十六夜からの文も持ってきた」


いつの間に居たのか――背後には腰に手をあててじっとこちらを見ている潭月が立っていた。

新入りが引っ越してくるということで、村の住人たちがこぞって銀たちを取り囲み、最初は不安そうにしていた若葉と子狐にすぐ声をかけてくれて、すぐに打ち解けた。

潭月は銀から手渡された文に目を通して苦笑すると、その文を銀に見せた。


『銀たち妻子を受け入れてやってくれ』


たった一言――

達筆な字からは不器用な主さまの愛情が感じられて銀もまた苦笑して、頭を下げる。


「世話になる」


「ここは空気がいい。お前の妻も予想を裏切って長く生きることができるだろう。新たな家を建てたばかりだからそこに住め。おお、こいつは可愛いな」


「きゅんきゅんっ」


這い上がって来た子狐を抱き上げた潭月が頭を撫で回すと、あっという間に子狐は潭月に懐いてしまい、銀はふてくされながら若葉の肩を抱いて空き家の戸を開けた。

中には釜戸も囲炉裏もあり、いくつかの部屋があって快適に暮らせそうな空間だ。

そこでようやく落ち着いて若葉と向かい合って座った銀は、色々な姿の住人たちに快く受け入れてもらえて安心しきった笑顔を見せた。


「みんな優しくて良かった。ぎんちゃん、私も畑を耕して野菜を作りたいな。ひのえちゃんのところで少し習ったから、いい?」


「土いじりは健康にいい。俺も手伝うぞ」


「ふふ、楽しみ。ぎんちゃん、ここに連れて来てくれてありがとう」


――息吹たちとの別れはつらかったけれど、体調はすこぶる良い。

晴明から大量の薬も持たされたし、ここで平穏に…幸せにくらしてゆける。


「お前が安らげるならば、どこへでも連れて行く。さあ、挨拶回りに行くぞ」


「うん。潭月さんにもお礼を言わなくちゃ」


――軽やかな足取りで家を出て、各家に挨拶をして回る。


若葉はその後――5年と言われた期限を遥かに越えて、長生きをした。
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