主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
それから十数年の後――


相変わらず仲睦まじく過ごしていた主さまと息吹の前に、その男は姿を見せた。



「…銀」


「帰って来た。…若葉は先月死んだ。こいつは俺の息子と、俺の娘だ」



銀の傍らには銀そっくりの青年が立ち、銀の腕にはとびきり目の大きくてとても可愛らしい3歳程の女の子が抱っこされていた。

息吹はとうとう逝ってしまった若葉を悼んで両手で顔を覆い、主さまは息吹の肩を抱いてやると、その悼みを分かち合う。


…だが銀は晴れやかな表情で息吹の隣に座ると、ふわふわの尻尾で息吹の手をくすぐった。


「最期まで幸せそうにしていた。お前の話を毎日して、共に畑を耕して、最期は…眠るように死んだ」


「銀さん…悲しかったね…。若葉を看取ってあげたんだね…」


「悲しくないと言えば嘘になるが、若葉は俺に息子と娘を遺してくれた。本当に…感謝しているんだ」


銀の息子と娘は銀の特性を色濃く受け継いだらしく、真っ白な耳と尻尾が生えている。

主さまは息吹と一緒に銀の息子の前に立ち、肩に手を置いた。


「赤子の頃のお前を知っている。やんちゃで手がつけられなかった」


「あなたが主さま…ですね。幼い頃はお世話になったと聞きました」


行儀よく頭を下げた銀の息子に目を丸くした主さまと息吹を見た銀は、肩を竦めて娘を下ろすと、脚に掴まってきた娘の頭を撫でた。


「若葉の躾が厳しくてな、面白味のない男になってしまった。しかし娘は可愛いだろう?顔が若葉によく似ている」


「うん、本当によく似てる。可愛くて美人になりそうだね」


恥ずかしがって顔を隠している銀の娘に頬を緩めた主さまと息吹は、意外に明るい表情の銀と共に縁側に座り、奥から出て来た朔を呼び寄せた。


「今は朔が跡目を継いで百鬼夜行を行っている。おかげで俺は悠々自適の隠居生活だ」


「だが一緒に暮らしているじゃないか。ああわかったぞ、朔が親離れできないんだな」


「うるさいぞぎん。…こっちにおいで、遊んでやろう」


やわらかく微笑んで手を差し伸べた朔に頬を桜色に染めた娘が駆け寄ると、銀はむっとしていらいら足踏みをした。


「どういうことだ、朔はまだ妻を貰ってないのか」


「頭が固くて困っている。お前の娘を嫁に、というのもあり得るな」


さらにむっとした銀と共に笑い、息子と朔が談笑している姿に微笑した。


若葉は様々なものを遺してくれた。

とてもあたたかいものを――
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