執事ちゃんの恋





「私はですね……霧島の使用人頭です」

「うん……」


 おはしょりを処理しながら、ヨネは自分に言い聞かせるように淡々と言葉を口にする。

 ヒヨリの心とは裏腹で、今日は快晴だ。
 レースのカーテンの隙間から差し込む光は、キラキラと輝いていて明るい未来を願わずにはいられないほど、さわやかな朝だ。
 しかしながら、ヒヨリの心はずっと雲が立ち込めているようだ。
 半ば諦めたような表情を浮かべるヒヨリに、ヨネは静かに口を開いた。


「ヒヨリさまが幼少のころから、ずっとお傍でお仕えしてまいりました。そして、こんなふうに縁談の席に送り出すのは私の務めだと思っておりました」

「ヨネ……」


 いつも通り凛とした様子のヨネだったが、声が少しだけ震えている。
 それを感じとったヒヨリも、胸につかえるものを感じて言葉少なになる。


「初めからわかっていたことでした。ヒヨリさまは、霧島直系の女子。感情に左右されることなく、結婚相手は決まるということは。しかし、こんなにもの寂しく感じるとは思ってもみませんでした」

「……」


 サラリと衣擦れの音をさせながら、今日の振袖に合う、とっておきの帯を巻く。
 ギュッと縛りあげ、慣れた手つきで帯を整えていく。
 そして最後に襟を整え、ヨネは真正面からヒヨリを眺める。


「大変お綺麗になられましたね、ヒヨリさま」

「ヨネ」


 労わるような、慈しむような視線を向けるヨネを見て、ヒヨリは鼻の奥がツンとした。

「ヒヨリさまを妻にされる男性は、幸せ者です」
「……」

 ヒヨリの気持ちは痛いほどよくわかっているヨネだが、霧島の使用人頭として、ヒヨリの乳母としても、その感情については口に出していえない。

 ただただ、ヒヨリの幸せを願っている。
 そんな気持ちをひしひしと感じたヒヨリは、ついには泣き出してしまった。

 ポタリポタリと絨毯を濡らす涙を、ヨネは無言のままハンカチで抑える。








< 151 / 203 >

この作品をシェア

pagetop