執事ちゃんの恋





 文月のため、霧島のため。

 そんなことを言いながらも、どこか子供たちには甘い宗徳だ。
 ヒヨリが乗り気でないのなら、と本心ではこの縁談を潰したいと思ったことだろう。
 口に出しては言わないが、きっとそうではないかとヒヨリは推測している。
 だが、なんといってもこの縁談を持ってきたのは他でもない栄西だ。
 文月家を蔑ろになどできない。となれば、縁談を潰すことは不可能だ。

 文月家と娘を天秤にかけて苦しんでいるであろう宗徳のことは、火を見るよりも明らかだ。
 助けはもうないということか、そう思うとなぜか泣けてきそうだとヒヨリは口元をキュッと引き締めた。
 一方の栄西は始終ご機嫌で、声も朗らかだ。
 嬉しさついでに、そうそう、とより嬉しさを滲ませた。


「私の跡目は、コウではなく健が継ぐことになりそうだ」

「え?」


 ヒヨリの小さく呟いた声をかき消す様に、栄西はご機嫌で顎鬚を撫でる。


「やっと健が承諾してくれそうなんだ。これで安心できるな」

「そうでございますか……」


 健が文月家の当主になる。それは、村岡美紗子と結婚をして継ぐということなんだろう。
 一気に自分の周りが真っ暗になったような感覚に陥っているヒヨリに、止めを刺すように栄西は声高々と笑う。


「健もようやく結婚する気になったし、文月も安泰といったところだな」

「……」

 
 やっぱりとヒヨリはこっそりと息を吐き出す。

 こうなることはわかっていた。だが、改めて突きつけられるとダメージは相当なものだ。
 なんとかこの席にいる人間に荒れ落ちた心を隠すのにヒヨリは必死だ。
 表情がさえないヒヨリを見て、栄西は瞳を細めた。


「すまないね、ヒヨリ。今日は君が主役の席だった」

「え?」


 うつろになっていた視線を栄西に向けると、眉を下げて詫びた。


「文月家の話はまた後日。今日はヒヨリの幸せのために頑張らせてもらうよ」

「……よろしくお願いします」


 本当はもっとその話を聞きたかった。

 いや、本心はもう聞きたくないとは思ったが、どうしても気になる。
 健が決めたという結婚相手が美沙子なのか、どうか。
 それがとても気になる。

 しかし栄西が言う通り、今日はヒヨリと詠二。二人の結納の席だ。
 それなのにそれ以外の話題がでるのもおかしい。

 今はただ、後には引けないという思いだけ。
 もう覚悟を決めるしかない。

 ヒヨリは膝の上に作っていた拳を、よりギュッと強く固くした。






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