お腹が空きました。





「よし。」


紗耶は大きなカバンを下げ、杉崎の家の扉に真新しい鍵を突っ込んだ。

ガチャリと開いた扉に少し感動しつつ、よっこらせと大荷物を運び込む。

いつもなにかしらして貰ってばかりだから。

疲れて帰ってくるだろう杉崎を想像し、こんな時ぐらいはちょっとでも力になりたいな、と紗耶は冷蔵庫に自宅から持ってきた保存パックをしまい始めた。

「杉崎さん!ちょっと借ります‼」

パンっと残業中であろうキッチンの神様に手を合わせる。

「ちゃんと綺麗に使いますからね!」

元気な独り言を言いながら紗耶は部屋着に着替え直し、腕まくりをした。






夜11時。

本当は待っているつもりだったけれど、暴れる胃に勝てず先に頂いてしまった。

鍋いっぱいに作ったのに、やっぱり好きなものは止まらない。

カチャカチャと食べ終わった後の食器を洗いながら、紗耶はチラリと大鍋の中を覗き込む。

「(杉崎さんの一食分、プラス念のためおかわり分…。)」

もう食べちゃダメだと言い聞かし、紗耶は自分の度を越えた食欲を振り払うように首を左右に揺らした。

キュッと水を止め器を拭く。

そして紗耶は、杉崎がいつもしている通り最後にふきんで蛇口やステンレスの水分を綺麗に拭き取った。

すぐ拭き取ると水垢が付きにくい、とこの前杉崎本人が力説していたのだ。

紗耶は複雑な表情をしながらハハハと軽く笑う。


社会人になってからここにずっと住み続けているらしいのに、杉崎のキッチンは未だ新品のようにピカピカだ。

「やっぱすんごいなぁー杉崎さん。」

独り言を言いながら紗耶はキュッキュッとキッチンを磨きに磨いた。



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