お腹が空きました。

紗耶はなけなしの気力をふりしぼり、もう一度、鉄壁な彼女にトライする。


「…えっと、木下さんは先輩になるのかな?」

「ちあき…木下さんは留年組なので、今は私と同じ1回生です。」

あ、そうだった。木下さんって名前ちあきだった。などと今はもうどうでもよくなってしまった情報を脳に蓄え、紗耶は相手の出方すら分からないまま話題を探した。

共通点共通点…ダメだ。直接的な共通点は良介しか思い浮かばない。

二頭身な良介が「優ちゃーん優ちゃーんっ」と頭の上を呑気に駆け回る状況が浮かび、紗耶は急いでそれをブンブンと掻き消した。


「そ、そうなんだねーっ。あ、じゃあ優ちゃんはサークルの私の後輩になるのか!皆は元気にして…」

「その呼び方。」

「え?」


静かに。

そして水を割るように鋭利な口調が紗耶の言葉を切る。

「…その呼び方、“ゆうちゃん”って…。まさか良介から移ったんですか。」




その怒りが底の方に冷たく込められているような質問を聞き、紗耶はその質問とは少しずれた所に意表を突かれた。




“良介”、か。




なんだか年月を感じてしまった。



以前たまたま聞いた時は、彼女はまだ良介の事を“先輩”と読んでいた気がする。



そっか。

私にもいろいろあったけど、

良介やこの子にもこの半年でいっぱい、いろいろあったんだね…。


紗耶は妙に感傷に浸ってしまい、懐かしいような、思い出を掘り起こすような、不思議な気持ちに襲われた。

…ほんとに、色んな事があったなぁ。

彼氏に振られ、杉崎の秘密を知り、妙な菓子友達になり、そしてなんだかんだで今にいたり……。

杉崎の呆れたような顔や、焦りながら怒ったような顔、ふいに照れた時の顔など、色々な表情を思い浮かべながら、紗耶は思わず微笑んでしまった。


「フフフ…」


「っなんで笑うんですか!」

カッと苛立ちの炎を瞳に宿し、優子は顔を勢い良く上げる。

そんな彼女に、紗耶はハッと現実に意識を呼び戻し、上半身全てを使って盛大に弁解した。

「え!あ、違う違う!違うよ!お、怒らないで!」


ぶんぶんと腕を鳴らして優子の怒りを出来る限り鎮め、紗耶はおずおずと声を出す。


「そうじゃなくて、その……。」






ぐううぅぅぅぅぅぅ








「…。」

「…先に、なにか注文していい…?」


「……。

…どうぞ。」


相変わらず空気を読まない自らの腹を押さえながら、紗耶は小さな声で店員に注文を伝えた。






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