お腹が空きました。





紗耶はぼんやりしながら道をふらふらと歩く。


ゆ、行方不明って…。

大丈夫なんだろうか。

いったい、なにがあったのだろう。

フランスってそんな怖い国なの?


薄暗い空にぼんやりと苦悩に歪む杉崎の顔を想像し、紗耶は眉を潜めた。


「(…そういえば、杉崎さんのお母さんってどんな人なんだろう…。)」


以前杉崎に聞いたお母さんとのエピソードを思い出し、紗耶は少し緊張する。



“あなたは父を越えられない”…だったっかな…?



厳しそうだなぁなどと想像しながら、まだフラフラする足取りで紗耶はあの店を遠慮がちに訪ねた。







「はーい…あれ?!紗耶ちゃん⁈」

「こんにちは…」

紗耶は力なく笑顔を作りながら頭を下げる。

裏口のドアを開けながら亜栗はパッと花を咲かせたように微笑んだ。









「そうなのよねー、大騒ぎになっちゃって…。」

亜栗はあっはっはっと笑いながら紗耶に紅茶を入れる。

そんな軽快な笑い声に紗耶はえ?え?っとたじろぎながら亜栗を見つめた。

杉崎家の母は…もしかして頻繁に行方が分からなくなっていたりするのだろうか。

そんな紗耶に亜栗は、ん?と目を瞬かせる。

「そうそう!結局いっちゃん帰国伸ばしたのよね。あの子母さん子だしねー。」

「大変ですよね…。あの、現地の警察とか動いてくれてるんですか?」

深刻そうに下を向いた紗耶に、亜栗は目を大きく見開いた。

「へっ?」

「…ん?」

素っ頓狂な声を上げた亜栗に紗耶は顔を上げて首をかしげる。

…え?

なにか、非常識な事をいってしまったのだろうか。

もしかしたら、フランスには行方不明者専用のなんかこう、すごい組織みたいなものがあって警察とかには頼らなくて、それが普通なのかも知れない。





「母さんただの家出よーー?いつもの。」


キョトンとそう伝えた亜栗に、紗耶は驚いて思わず大きな声を出してしまった。


「…え、…ええっ?!」

ゆ、行方不明じゃ…っ?、とうろたえる紗耶に亜栗はケラケラ笑いながら手を振る。


「違う違うっ。どーせいっちゃんが帰っちゃうからって駄々こねたに違いないわ。それかいつもの父さんと子供みたいなケンカ。行方不明って…アハハっ
大丈夫よ。多分いつもの場所に隠れてるだろうから。そういう話あんまり聞いてなかっただろうから、いっちゃんもちょっと慌てたでしょうね。」

クスクス笑う亜栗に、紗耶は口を開けて椅子にもたれた。

「あ、聞いた?あの話。」

ん?

なんのことだろうと紗耶は首を傾げる。

「ほら、いっちゃんがケーキ作りやめた理由。」

「あ、えっと、…お母さんに言われた事とかですか?」

「そうそう!あの子になんて聞いてるかわかんないけどさ、本当に笑っちゃうよね。」

カラカラと思い出し笑いをし、亜栗はお腹を抑えた。

「ぇ、ええ?」

結構シリアスな内容だった気がするが。

紗耶はまた戸惑ったようにオロオロする。

そんな紗耶に亜栗は口に手をやりながら話した。

「あの子、本当に母さん大好きでさ、跡継ぎの事もケーキも、母さんのために焼いてるようなもんだったからさー。

でもね、ある日聞いちゃったんだよね。

イッちゃんが作ったケーキ美味しい美味しいって母さんが食べてる時、「僕が作ったケーキ一番美味しい?」って。

そしたらさー、母さん天然だから間髪入れずに「ううんお父さんのが一番。」ってね、言っちゃって。ハートマークもつけてね。

ガーンってイッちゃんしょげたんだけど、諦めずに聞いたの。

「いつか僕のが一番になる?」って。

まぁ母さん空気読めないのは今に始まった事じゃないけど、その現場を目撃した私もちょっとした衝撃受けたよ。

「ううん。お母さんにとってずーっと、一生お父さんが一番っウフッ」って。

超笑顔で。

その時のイッちゃんの顔ったらないね。人生の終わりみたいな顔してたね。」

うんうんと大きく頷きながら亜栗は紅茶をすする。


そ…想像していたお母さんと全然違う。

紗耶はひょーっと言葉を失いながら亜栗を見つめた。


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