幸せまでの距離

玄関に入ると、メイの足が何かを蹴っ た。

カナデの靴である。

彼女が最近気に入っていると言ってい た、ピンク色のピンヒール……。

揃えることなく、脱ぎ散らかしたかのよ うに、ピンヒールは横倒しになってい た。

「カナデ……!

いるんだろ!?」

リビングを突っ切り、メイは室内中を見 渡した。


トウマだけでなく、カナデの姿もない。

生活感漂う室内は、やけに散らかってい る。

飲みかけのコーヒーもそのまま。

床に散らばる雑誌を踏み、メイはリビン グを見遣った。

「まさか……!」

リビングの左側に位置する扉。

脱衣所の向こう。

メイは浴室の扉を勢い良く開けた。

後ろに続くリクも、目の前の光景に絶句 する。


白を基調とした、清潔感のある浴室。

日頃から、カナデがマメに掃除していた のだろうか。

溢れ続ける浴槽の中の水は、カナデの血 液で赤く染まっている。

カナデは壁にもたれる格好で左手首を浴 槽に入れ、青白くなった目を閉じてい た。

彼女のかたわらには、血のついたカッ ターと、彼女のケータイが転がってい る。

流しっぱなしのシャワーは、まるでカナ デを縛りつけているかのように、彼女の 全身にかかっていた。

水の流れる音が静かに響いていたのは、 そのせい。


「カナデ……!」

窓からさす茜色の夕日が、浴槽を満たす 紅色の水に反射している。

白いタイルは、今が春とは思えないほど 冷たかった。


少しだけ水に濡れたカナデのケータイ画 面には、メイに送ったメールの送信画面 が映し出されていた。

浴室に漂う鉄のにおいが、メイとリクの 鼻孔を刺激する。











第4話《崩壊の音…後編》 終

< 631 / 777 >

この作品をシェア

pagetop