幸せまでの距離

二人は、とあるアパートの前までやって きた。

先日メイが、カナデに案内されてやって きた、トウマの住まいである。


メイは、人の気配があまりしない階段を 上る。

リクは彼女を追いかけた。

「カナデちゃん、ここにいるの……?」

「分かんない……。賭けだよ」


人は何かに追い詰められると、普段意識 していない情報が頭をよぎるように出来 ているのかもしれない。

メイはカナデの話を思い出していた。

彼女は、交際相手のトウマと風呂に入る のが好きだと言っていたし、彼のアパー トに愛着を感じているようだった。

カナデがその話をしている最中、メイは 本気で話を聞かず、適当に受け流してい た。

恋愛話には興味が持てなかったし、男性 と一緒に入浴する喜びなど、共感できな かったから。

しかし、今、鮮明に、そう話していたカ ナデの声が、メイの頭に響いている。


カナデが死にたくなる理由は、ひとつし かない。

トウマとの間に、何かあったのだ。

カナデが死に場所を選ぶとしたら、トウ マのアパート以外にないと、メイは考え た。

以前メイが、自殺に関するサイトを見た 時のこと。

生きることに疲れた人は、最期に安らげ る場所を求める。

そのような書き込みが多かった……。

最期くらい、楽しかったことを思い出し て死にたい、という心理。

メイはそういう心情が理解できた。


ゲームセンターのバイトに採用されたあ の日。

笑顔のカナデと共に入ったトウマのア パートに、メイは緊張の面持ちで踏み 入った。

扉の鍵が開いているのを不審に思った が、それはメイの予感を確実なものにす る。

リクも高鳴る心音に気付かないフリを し、メイの後ろに続いた。
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