月の大陸
かかった獲物は大きかったです!
水瓶はそのままステファーノの執務室に置いておくことになり
事が起こるまで一旦解散した

ミランダは体力の回復を図るため離宮で横になった

そしてその夜


グンっ!!
急に体が引っ張られる様な感覚に陥りミランダはベッドから飛び起きた
すぐに動けるようにとローブを着たままだったため靴を履いて
弟子たちに声をかける

「来たわ!」

「「はい!!」」

すぐさま二人の弟子たちは離宮を飛び出した
シコラックスは城内のステファーノの所へ
プロスぺローはカイルたちがいる騎士団宿舎へ向かった

残ったミランダはそのまま転移でステファーノの執務室へ飛ぶ
結界を張った水瓶の中の地図の一部が黒く変色し波紋が広がっていた


「ここか。」

ミランダがそこに意識を集中させる
しっかりと魔獣の気配を感じ取れた

「間違いないわね。」

「かかったか!?」

そこにステファーノとセリクシニとシコラックスが飛び込んできた

「はい。
間違いなく魔獣です。
騎士団にはプロスぺローが居るので彼女を目印に隊も連れて
すぐに現場に写ります。
みなさんは私の背中に捕まってください。
シコラ、行くわよ!」

「はい!」

ミランダの背にステファーノとセリクがつかまり
ミランダの正面に回ったシコラックスが水瓶を囲う様にミランダの腕に触れた

ミランダは一気に神経を研ぎ澄まし魔力を高める
ローブの裾がふわりと持ちあがり碧の瞳の色がグッと濃くなった
そして、意識を現場に集中する

次の瞬間
ミランダたちは暗闇の街角に立っていた
もちろんすぐ横にはプロスぺローを含むカイルをはじめとした騎士の隊も現れる

突然の事に動揺する騎士たちにカイルの怒声が飛んだ
「戦闘位置につけ!」
カイルの怒声に騒然としていた騎士たちが二人一組で現場に散らばった
すぐにカイルとロザリンドがステファーノとセリクシニの護衛に着く

その場は血なまぐさい匂いと獣の臭いで溢れ
得体のしれない何かが暗闇の中で蠢いていた

ドクンッ…ミランダの心臓が大きく脈打つ
ホラー映画やお化け屋敷などとは比べ物にならない恐怖が
一気に足元から駆け上ってくる
震える膝を何とか踏ん張って闇の先を見つめた

私はミランダ・オ―グとしてここにいる
菅原葵じゃない
魔女としてやる事やらなきゃ…

「Luce!」
ミランダが呪文を唱えると頭上に光の球が現れその場が急に明るくなった
そして、その光に照らされる様に姿を見せたのは一頭の猪

その姿を見たその場に全員がその異様な姿にくぎ付けになった

普通の猪の3倍はあろうかとい巨体
しかし、体の一部は腐り皮膚がずれ落ち皮一枚でぶら下がっている
頭は異様な形に変形し耳がある場所には角の様なものが付き出ていた
瞳は白目をむきぴくぴくと痙攣している
そして
その牙から口にかけて赤黒いものがヌラヌラと光を反射していた

ひっ!!
どこからともなくそんな声が上がった
ステファーノもセリクシニも目の前にいる魔獣の姿に飲まれている
ミランダもまた同じで吐き気を覚えるほどの状況に
先ほどの決心は早くも揺らぎ始めた

「う…。」

その時だった魔獣の下で倒れている人の姿がはっきりと見えた

「人がいるぞ!」

「まだ生きています!!」

ステファーノとセリクシニが声を上げる
それに反応したカイルがすぐさま兵に指示を出した

「皆かかれ!魔獣の気をそらし、そのすきに民を救え!!」

カイルの指示を受けた兵士が魔獣に切りかかる
ガギンっ!!
しかしその強固な肉体は兵の剣を簡単に弾き飛ばした

「プロス、兵士の剣全てに攻撃力強化・防御の魔法を。」

「はい!」

全く歯が立たない兵士の剣にミランダの指示によって強化魔法が掛けられる
兵が淡い光をまとった剣で切りかかるとしっかりと魔獣の肉体を切り裂いた

グギャ…!!
魔獣の苦しい声がその場に響く
一瞬のすきを突いてカイルたちが民を魔獣の下から救出した

そのままミランダの前に運ばれてきたが
助け出された男性は胸骨が見え血で染まった服は黒く変色し
腕があり得ない方向に曲がっていた
それでもヒューヒューと小さな呼吸音が聞こえる

「これは…酷い…。」

ロザリンドが男性の姿を見て小さくつぶやいた

「ミランダ!この者を救えぬか?まだ生きている!」

ステファーノがミランダに詰め寄る

「やってみます。シコラ。」

「はい。」

「この人を庇護膜で覆うから、あなたは治癒魔法をお願い。
細かい作業でかなりの精神と体力を使うと思うけど
私の魔力も庇護膜に込めるからきつくなったら使って。」

「大丈夫です。私の魔力と体力は姉弟子たちの中で一番ですから!」

シコラックスの言葉に頷いてミランダは庇護膜で男性を覆った
庇護膜は羊水で満たされ外部刺激から守り
体に負担をかけずに治癒能力を高める事が出来る

庇護膜で覆われた男性はさなぎの様な形になり
シコラックスがその膜に向かって治癒魔法を施し始めた

治癒魔法の精度や度合いは術者の魔力に比例するので怪我が酷ければ
術者の体力と精神力の消耗が大きかった

正直ミランダは男性を救えるかわからなかった
魔法は絶対ではない
傷口は防げても失った血液は戻せない
体力や意識も回復させることはできない

それでもこのまま見捨てることはできない
後はシコラックスを信じよう

ミランダは魔獣に対峙した
兵たちが傷を負わせているとはいえその巨体はいまだにダメージが少なく
兵たちに牙を剥けている

「…俺が出よう。」

ゆっくりとステファーノが剣を抜いて前に出た

「お待ちください。ステ―フが出るなら私が先に…」

「いや、セリクは隠ぺいの術式を探してくれ。
俺たちの推理が正しければこの一帯のどこかにあるはずだ。
ロザリンドを連れて行け。

お前は剣の腕はからっきしダメだからな…無茶するなよ?」

「それは聞き捨てなりませんね。
剣術の鍛錬では今のとこ勝敗は五分ですよ?

…ステーフは自分の力を過信しすぎずたまには自嘲してくださいね。」

ステファーノの嫌味をセリクシニは笑顔でいなし彼らは分かれた
それは二人でしか通じない互いへの激励だった




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