月の大陸
契約を結び直しました。
ミランダの傷は幸い急所を外れていた為命に別状は無く
龍王が気を送り続けていた事も重なって体力も十分に回復していた
しかし、魔法で受けた傷は魔法で完治することは難しく
プロスぺローが応急処置だけを治癒魔法で施し
後は医師に治療を任せることになった

静かにベッドで横たわるミランダの足もとにうずくまるように
シコラックスが寝息を立てている

ステファーノやセリクシニ、騎士団の兵は現場の後始末と王への報告の為に
部屋に顔を出すことは出来なかった

プロスぺローが開け放たれた窓から文使い呼び出す
文使いとは手紙を運ぶ式神の様なもので、プロスぺローの文使いは白鷲だ

「ミザールの森の師とアルコルの森のカリプソに…。」

白鷲はしっかりと頷いた後プロスぺローの指に甘えるように頭を擦りつけると
白み始めた明けの空に消えていった


ミランダの中の葵は混とんとした渦の中に居た

何が何だかわからない
なぜこの世界に自分の本体がいたのか…
そして、どうして自分を傷つけて来たのか…
「始まりのあいさつ。」って…どういう事?

私…どうなっちゃうの…?

このままミランダ・オ―グとしてここで生きていくの?
菅原葵は誰かに取られたまま?

次々と矢継ぎ早に浮かんでは消える不安や疑問に葵は押しつぶされそうだった

『ミランダ。』

その時目の前に水の龍が現れた

「龍王?」

『そうだ。悪いとは思ったがそなたの気が乱れているので入らせてもらった。
…何があった…?』

優しい済んだ声が耳に響く

話してもいいのかな?
…私の事…本当の私の事…

でも
体はミランダでも中身は違う人間だと知られたら龍王は去っていく?
そもそも入れ替わった事実を信じてもらえるの?
この世界は私が作った小説の世界なんだ!何て…到底言えないし、信じてもらえないよ…

葵は知らぬ世界で孤独になるのが恐怖だった
ミランダではない本当の自分を知ってほしい
でもそうしたら皆が離れてしまうのではないか…といつも怯えていたから
必死でミランダとして…碧の魔女としてふるまった
しかし
もう葵の心は限界だった

ミランダ・オ―グとして生活すればするほど葵の心が死んでいくようだった
事件に集中することで
自分がこの世界を作ったんだと思う事で
見ないように、気づかないようにしてきた闇…
しかし、目の前に自分が現れた事で全てが溢れてしまった
これから…どうしていいかわからなくなっていた

もう葵の心は限界だった


「龍王…。」

『なんだ?』

促す様な声に葵は心の全てを吐きだした
今まで起こった事
本当は自分はミランダではない事
さっき自分の本体と合った事
龍王はただ黙って葵の言葉に耳を傾け続けた

「ミランダじゃない…私はあなたの契約者じゃない。
…嘘をついていて…だましてごめんなさい。怖かったの。みんなが離れていくのが…異世界で孤立するのが怖かった。
…ごめんなさい。」

全てを話した後、葵は龍王に頭を下げた

契約はきっと破棄されるだろう
嘘をついていた私を罰するかもしれない
それでも仕方ない…嘘をついたのは事実…
だましていたのは事実だから
震える体を必死で隠して葵は龍王の言葉を待った

『そなたが…ミランダではないのであれば契約を打ち切ろう。』

怒りを含んでるような冷たい声に葵はビクリと体を震わす

『我を騙すとはなんと愚かな人間よ。』

続く言葉に葵の体温が引いていく

『まこと…愚かで…健気で…か弱き娘よ。』

ゆっくりと龍王の声音が柔らかくなる
不意に見上げた龍王は人型で葵に微笑みかけていた

『さぞ、心細い思いをしただろうな。
よくぞここまで耐えた。もう、一人で泣くことはない。』

「え?」

フッと冷たい感覚に包まれたと思ったら葵は龍王の腕の中に居た
「え?は?あ?」

混乱する葵に振ってくるのは清らかで澄んだ声

『そなたの真名を教えよ。我と真の契約を結ぼうぞ。』

「契約?!私と?!
でもミランダと結んでいるはずじゃ…。」

『ミランダは我と契約を結びながらその体を放置し
火の精霊王などと契約を結びおった。それどころか、我に攻撃をしたのだ。
この非道は決して許すまい。我はミランダとの契約を破棄する。』

ゴオッ…と龍王の魔力が怒りに同調し高まった気がした
そして龍王の話からやはり、自分の体に入ってたのがミランダだと葵は確信した

「でも、私と契約するといっても体はミランダだよ。
そんなことできるの?」

『心配無用。精霊の契約は真名で結ぶ。魂の名だ。
体がミランダであろうが関係ない。我はそなたの魂と契約を結ぶのだ。』

魂の名…魂の契約…
確かに精霊との契約でその力を使役できる設定にしたけど
ここまで深いとは…
初めての事に戸惑う葵だったがその心は既に決まっていた

「わかった。契約を結びます。」
葵の返事に龍王は嬉しそうに頬を緩める

『では真名を。』

「真名?私…真名なんてわからない。」

『ならば、自分に聞くがいい。自分の奥深くに宿る魂と向き合うのだ。
さすれば自ずと見えてくる。』

自分の奥深く…葵は龍王に言われた通り目を閉じて意識を自分の中に向ける
私の真名…魂の名前…ふと一つ言葉が浮かんだ

「私の真名は…アオイ。」

『ではアオイ…我を求めよ。』

「どうか私に力を貸してください。」

葵の言葉に龍王はフッとほほ笑み姿を本来の龍へと変える

『我、水の精霊王・セイリュウミコト。
魂の名をもってアオイと契約を結ぶ。』

龍王の言葉が終わるのと同時に葵の姿が変化する
流れるような銀髪は艶やかな黒髪へ
碧の瞳は漆黒の瞳へ
雪の様な白い肌が象牙色に変わり
本来あるべき姿に戻った

「コレ…!」

『我と契約したせいで一瞬だけ本来の姿に戻ったのだ。
…そうか…これが本当の姿か。』

「ミランダと比べたら…不細工でしょ?」

かたや絶世の美女…比べるのもおこがましいか…
当たり前のことなのに少し肩を落とした葵のあごが持ち上がる
人型に戻った龍王の深い藍色の瞳と目があった

『何も落ち込むことはない。そなたは美しい。
穢れ無き魂に豊かな黒髪、知性を感じさせる黒曜石の瞳。
自分を卑下するな。

我の契約主を悪く言う奴は容赦せぬ。』

嬉しかった
初めて自分をそんな風に言われて恥ずかしい半面嬉しさがこみ上げた
葵は瞼に涙が溜まるのを感じながら龍王に願った

「私の本当の名前は菅原葵って言うの。
お願い、葵って呼んで…?」

龍王はその願いに目を細めると葵をしっかり抱きしめた

『葵。…葵…。
我が主よ。
葵…我が真名にかけてそなたを守ろう。』

自分の存在を知ってもらえた事
認めてもらえた事
その喜びが、安心感が龍王に名前を呼ばれる度に葵の中を満たしていく

「ありがとう。
龍王、私他のみんなにもちゃんと本当の事を話そうと思う。
…何言われるかわからないし、どうなるかもわからなしけど
いつまでもこのままじゃダメだしね…。」

『…そうだな。』

「龍王に聞いてもらえてよかった。なんか勇気もらったよ。」

『それは光栄だ。我はそなたの味方だ。』

龍王の言葉を最後に葵はゆっくりと眠りに着いた

次に起きたらみんなに言おう
この世界を作った…とかは伏せておいても本当の事を話そう

大丈夫…きっと大丈夫

自分に言い聞かせるように葵は自分自身を抱きしめた


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