月の大陸
カミングアウトはドキドキです。

「自分の為に人が倒れていくのは未だに我慢できない。」

乱暴に置かれたワイングラスの中身が飛んでテーブルクロスに染みを作る
ミランダの処置が終わって眠っている間も
ステファーノとセリクシニは政務や報告書制作に追われ執務室に缶詰だった

それでも何とか片づけて
セリクシニと共に自室で約半日ぶりの食事を摂る

「ステーフ…気持ちはわかりますが落ち着いてください。」

なだめるように言うセリクシニの顔にはいつもの笑顔はない
彼もまたステファーノと同じように煮え切らない思いを抱えていた

「今回はミランダ殿のおかげで事件の解決に大きな一歩を踏み出せました。
被害になった男性も無事ですし…誰もけが人を出さずに済むと思っていたのに
まさか…自分たちの不注意で彼女を傷つけてしまうとは…。」

噛みしめるように言うとセリクシニはワインをあおった

農業が盛んなフォーンジョット王国の今年の献上品の中で
最高の出来だと言われているワインだが
旨みや香を楽しむ余裕も無く酸味だけを残して消えていく

「魔女という肩書に甘え過ぎていたのだ。
あの場にいた俺たちは何もできなかった…
ミランダはいつだって俺たちを守る為に動いていたのに…。」

「あのような場面では普通の魔法使いでも迂闊には動けませんよ。
下手に動いていたら余計にミランダ殿に迷惑をかけていたかもしれません。」

「慰めてくれるな。
…民を守ると言いながら結局は守られてばかりで何が王太子だ。」

ステファーノは王位継承権の証明である胸のペンダントを忌々しく握りつぶした
純金で出来た鷲のチャームに王国の紋章と
コバルトブルーの宝石が埋め込まれているソレは
ステファーノの手の中で鈍く輝いている

「それは私も同じです。公爵家の人間として王家に仕える者として
何一つ役に立てませんでした。
今回ほど、自分の無力さを呪った事はありませんよ。」

ミランダの横に平然と当たり前の様に立つ龍王の姿が
セリクシニの脳裏に浮かんだ

「ミランダと対等の魔力を持つ魔法使いが相手では
俺たちの様な魔法を使えない人間は無力に等しいな。」

「ええ。
それと一つ気になったのですが、相手も精霊と契約しているようでした。
しかも、火の精霊王とミランダの精霊が言っていました。
もしこれが本当ならば…ますます厄介な相手です。」

「精霊王!?
火の精霊はただでさえ気性が荒くて高慢で
契約を結ぶのが困難だと言われているのにその倦族の王だと!?」

信じられない…と吐き捨てるように言ったステファーノは肩を落とす
魔力が皆無の自分では到底手に入れる事が叶わない力…
それを持つ者が羨ましくも憎くも感じられた

「失礼いたします。碧の魔女様がお目覚めになったと報告がありました。」

音も無く現れた侍従長のキャリバンが静かに告げると
二人は勢い良く椅子から立ち上がりミランダの元へと向かった


ミランダの部屋にはステファーノやセリクシニを始めカイルにロザリンド
そして、二人の弟子、双子の妹エアリエルの姿があった

なんとか上半身だけ起こしたミランダがベッドの上から笑みを見せると
安堵の息が漏れる
しかし、誰もが柔らかな表情を見せる中ミランダだけは表情を強張らせた

「無事に目覚めてよかった。
今回はこのような怪我をさせてしまい申し訳ない。
ミランダを預かっている者として守り切れなかった事を深く謝罪する。」

開口一番ステファーノはそう言ってミランダ、そしてエアリエルに頭を下げた
ステファーノに続くようにセリクシニやカイル、ロザリンドも膝をつく

「どうぞ頭を上げてください。私ならもう大丈夫です。
…それに、私も皆さまに謝らなければならない事があります。」

頭を上げる様に促したミランダは大きく深呼吸をする

真実を告げるんだ
ミランダじゃない事を知ってもらう
それで…どう変わるかわからないけど…それでも今言わないともう言えなくなる

最後に大きく息を吸ったミランダは一気に吐き出した

「私はミランダ・オ―グじゃありません。
ある日突然ミランダと中身が…精神が入れ替わりました。
本当の私はアオイ・スガワラと言い、異世界から来ました。」

ミランダの一声はその場の空気を一瞬で止めてしまった
それでも、彼女は話し続けた
ずっと溜めこんできた思いは
一度関を切ったら零れ落ちる水の様に止まらなかった

「私は地球という星の日本と言う魔法も剣も存在しない
高度文明の発達した資本主義の国で細々と生活していました。
そして、ある日突然この世界にトリップしてしまい
気が付いた時にはミランダ・オ―グの体に入っていたのです。

この世界の事やみなさんの事はあらかじめ知っていたので、
こうなってしまった原因がわからない間は
ミランダ・オ―グとしてしばらく過ごす事にしました。
…今まで騙してしまってすいませんでした。」

ベッドから降りてミランダは床に膝をつき頭を下げた
美しい銀糸が床に扇形に広がり波を作る
日本では土下座という一般的に知られた姿勢だが
初めて見た者たちはあまりにも低姿勢で無防備…
己を卑下する様な姿にハッと息をのんだ

痛いほどの苦しいほどの沈黙が葵を苛む
そしてその沈黙を破ったのはミランダの双子の妹エアリエルだった

「それじゃあ、本物の姉さんは今どこにいるの?」
紅の瞳には動揺の色が隠しきれない

「…本当のミランダは、今…私の体に…葵の体に入っている。
そして、どうしてかはわからないけど
日本にあるはずの私の体もこの世界にトリップしていて…
そして…今回の魔獣事件に深く関わっている…。」

「…どういう意味?」

紅の瞳を真っすぐ碧の瞳が見つめた
それだけでエアリエルは全てを感じ取ったように顔が歪んだ

「昨夜、私が戦った魔法使いは…私の体に入ったミランダ・オ―グだった。」

「つっ…!」

ミランダの言葉にエアリエルが力なく膝から崩れ落ちた
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