ミルクの追憶
「クロエ、クロエ、聞いてくれよ。ウィーンのコンクールに行くことになったんだ」
「……二コラ、」
「もちろん彼女を連れていくつもりだよ」
「……彼女?」
二コラの瞳は赤く光っていた。
「彼女って、だれ、なの?」
「決まってるじゃないか」
二コラはクロエに目もくれず、ヴァイオリンを慈しむようにそっと撫でて滑らかな肌にキスを落とした。
「――いや!……やめて!」
クロエは恐ろしくなって二コラの手からヴァイオリンを叩き落とす。
どくどくと波打つ心臓は恐怖と不安でいっぱいだった。
彼女が憎くてたまらなかった――二コラの心を奪ったそのヴァイオリンが。
「なにするんだクロエ!……あぁ、どうしよう、傷がついたかも。大丈夫?」
二コラはクロエの体を突き飛ばし、愛しい彼女に駆け寄った。
異常だ、どうかしている。
二コラのヴァイオリンに対する情熱は、すでに人と楽器の域を越していた。