オレンジ
「…何言ってるの?帰るよ」
当然のようにそう言い放つ彼女に、俺の不安はまた大きくなる。
けれどその声に、僅かに含まれる動揺の色も俺は見逃さなかった。
「ダメだって言ったら?」
「…酔ってるの?」
「答えてよ。俺、帰したくないんだけど」
「…困る…」
酔いも、あるかもしれない。
けれど、我慢だってそろそろ限界だったのも事実だ。
「…離して…終電、行っちゃう」
「嫌だ。いいよ、終電なんか」
俺は、両腕に更に力を込める。
ずっとこのまま、この腕の中にいればいいのに。
「…困るよ。だって…」
「だって、なに?」
「だって、そんなこと言われたって、わかんない。どうしていいか」
「どうもしなくて、いいよ。ただ、ここにいてくれれば」
「…無理」
「なんで?…彩乃ちゃんはさ、思わないの?寂しいって。もっと一緒にいたいとか、思わないの?」
「…………」
「…俺はいつも、思ってるよ」
ずっと押し殺してきた想いを口にしたら、一気に溢れ出てきた。
だってずっと、耐えてきたから。
口にしたら嫌われるかもしれないと思ったり、余裕があるように見せたいと思ったりしていたから、俺はいつも、理性をフル稼働させて必死で本心に蓋をしていた。
本当は余裕なんて、全くないのに。