オレンジ
「もしもし?」
「どうした?」
「あのね、急なんだけど…今から、会えない?」
「え?だってお前今日、陽菜ちゃんと…」
電話の向こうの拓真は明らかに驚いているけれど、たぶん純粋にあたしの唐突さについての驚きであって、そこにやましさや女の影のようなものは、感じられない。
恋愛経験の少ないあたしの女の勘なんてものは、どこまで信憑性があるかはわからないけれど。
少なくとも声も喋り方も、いつもの拓真だ。
「…うん。もう、別れたから」
「渋谷?」
今朝、拓真の部屋から直接出掛けたので、もちろん行き先は告げてあった。
「別にいいけど、珍しいね。こんな急に…アップルパイの時以来じゃん?」
「そうかも」
答えながら、あたしは笑った。
あの日から、あたしたちは始まったのだ。
あの日もこんなふうに、はやる気持ちに背中を押されるみたいにして、拓真に電話を掛けたのだった。
「俺、行こうか。どうせ暇してたし」
「ううん。大丈夫。もう向かってる」
「いや、俺、今部屋じゃないんだ。車だから」
「…そうなんだ」