オレンジ
さて、と。

まずは…
ざっと辺りを見渡して、とりあえず流しに置きっぱなしにされている食器に手を伸ばす。
ゆかりさんが帰ってからあゆみさんが1人だった時間があったことを思えば、洗い物が溜まっているのは当然。
幸い、今はお客さんゼロ。
まずはここを片付けなくちゃ。

大きな店ではないから常に満席とはいかないし、こんな風にお客さんが全くいないという状況もたまにはある。
でもその代わり、あたしみたいに、一度来ただけでこのお店の雰囲気や味をとても気に入ってくれて、あっという間に常連さんになる人も少なくない。
まだ不慣れなことばかりで、焦ったりテンパったりミスをしたり、自分のことでいっぱいいっぱいなあたしも、ここ最近ようやく少しずつ、常連さんの顔や名前を覚え始めたところだ。

あたしがバイトを始める前からここに来ていたお客さんからは、「だいぶ慣れてきたね」なんて言われたりもする。
こうして留守を頼んでくれたりするのも、あゆみさんがあたしを信用して任せられるようになったんだと思うと、不謹慎だけど少し嬉しい。

そういえば最近、食器割らなくなったなぁ。
入ったばかりのときは、何個か覚えてないくらい割った気がする。
謝るしかできないあたしに、あゆみさんは嫌味のひとつも言わなかった。
「いいのいいの。それより、怪我してな
い?」なんて気にかけてくれたりした。
そのたびに、本当に素敵な人だなって心から思ったし、あゆみさんはあたしの憧れの女性だ。

あたしがここで働いているのは、お店の雰囲気やケーキの味はもちろん大好きだけど、それ以上にきっとあゆみさんのことが大好きだからだ。
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