オレンジ
あたしは、彼の横顔を見た。
彼はあたしの方を見ようとはせず、そのまま続ける。
「今すぐ俺のこと好きになってほしいとか、付き合ってほしいとか言わないけど、俺が好きになった彩乃ちゃんのことは、たとえ彩乃ちゃんにでも否定はされたくない」
そう言いながら、煙草を揉み消した彼の目が、あたしを捉えた。
「…ってことだけは、言っとこうと思って」
彼の目には、照れとか、迷いとか、そういう不純なものが一切なかった。
ただ真摯に、真剣に、あたしに切々と語りかけるその目から、あたしは目を離すことができない。
こんなにまっすぐな目を、あたしはこれまで見たことがなかったから。
本当はずっと、気付いていた。
そもそも、彼に惹かれていないのなら、あたしが今この瞬間、ここにいるわけがないのだ。
どんなに認めたくなくたって、想いは勝手に根付く。
今ならまだコントロールができると言いながら、あたしにはわかっていた。
今日、ここへ来たら、そして彼と過ごしたら、制御不可能な域に達してしまうような気がしていた。
わかっていて、それでもあたしはここにいる。
こうしたかったから、ということ以外、理由なんてない。
それはきっと、彼があたしを好きなことに理由なんかない、というのと同じことだ。