オレンジ
「…あたし」

意を決して、発したその声が少し震えていて、あたしは自分が緊張していることに気がついた。

「今日、楽しかったです、すごく。連れてきてくれてありがとうございます。あなたの気持ちも、嬉しいです」

そう言って、あたしは笑った。
上手に笑えている自信はなかったけれど。


「彩乃ちゃん」
「はい」
「俺は言ったよ、全部。彩乃ちゃんに言いたいこと。だから彩乃ちゃんも、言ってみて。今思ってること」

今、思ってること…?

「なんでもいいよ。聞きたい。彩乃ちゃんの気持ちとか、考えてること」


今、思っていること。

彼があたしに向けてくれた言葉のひとつひとつが、素直に嬉しい。
その嬉しい言葉に、あたしも真摯に向き合うことで、返してあげたい。
彼を怒らせるのでもなく、悲しませるのでもなく、ただ、彼を笑顔にしてあげたい。

あの笑顔が見たい。

そう、思っている。

そしてあたしには、その方法がわかっている。

「…あたし」
「うん?」
「今年初めての海と、かき氷、あなたと一緒でよかったなって思ってます。…それと、だから」
「うん」
「…また来たいな、って、思ってます」


最後の方は、消え入るような声になってしまった。
けれど、これが今のあたしに言える、精
一杯だった。
恥ずかしくて目を逸らしてしまったけれど、もう一度目線を合わせてみると、そこには想像したとおりの、あたしが見たかった笑顔があった。

これでよかったんだと、あたしは思う。


「うん。そうだね」


そう言うと彼は、またさっきみたいに、あたしの頭を撫でるように軽くぽん、と触れた。
「がんばったね」「よく言えたね」って、言ってくれているかのように。


あたしはどうしても、自分の想いだとかを言葉で伝えるということが苦手だけれど、彼にはできるだけ伝えたいな。

そう思った。
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