オレンジ
「久しぶりです、あゆみさんのアップルパイ食べるの。何回食べてもおいしい」
「ありがとう。うん、上出来だわ、今日のは」
「あゆみさん、自画自賛ー!」
あたしがからかうと、あゆみさんも笑った。
「で?本当は、何があったの?いいこと」
あゆみさんが今度は悪戯っぽく微笑んで、あたしを見る。
「だから、何もないですって」
「どうしてー?教えてくれたっていいじゃない。そういう話、大好きなのに」
「うーん…まぁ…」
「なぁに?」
「…気になってる人は…いるんですけどね。まだ、わからないので。話せる段階じゃないっていうか…」
「やっぱりいるんだ!そういう人!」
あゆみさんが本当に嬉しそうに言う。
あたしは急に照れくさくなり、アイスティーをゴクゴクと流し込む。
認めてしまえば、好きになる。
人に話してしまえば、後戻りができなくなる。
「気になってる人」という言い方をしたのは、せめてもの抵抗に他ならない。
無駄な抵抗だということも、十分にわかってはいるけれど。
「でも、嬉しいな」
あゆみさんが、独り言のように呟いた。
「え?」
「だって彩乃ちゃん、前に言ってたでしょう?高校生のときに付き合ってた人のこと、少し話してくれたとき。『もう、当分いいんです、そういうの』って」
「……………」
「そういう気持ちになっちゃう時期は確かにあるけどね。でも、もったいないよ、やっぱり。彩乃ちゃんがまた、恋に前向きになれたらいいなってずっと思ってたの」