オレンジ

「…あたし」

殆ど飲み干したアイスティーのグラスに残った氷が、カラン、と音を立てた。

「あたし、恋に後ろ向きなのは、前の彼に振られたからってわけじゃないんです。…それもあるのかもしれないけど、たぶん、それだけじゃなくて」
「うん」

あゆみさんは、ただ穏やかな声で、あたしの話に相槌を打つ。
こういうときだ。
本当のお姉さんみたいに、あゆみさんのことを身近に感じてしまう。
そして、だから、不思議と話してしまう。
陽菜にすら話していないようなことも。


陽菜にはもちろん、彼と会ったことは話している。
だけど、「一緒にいると楽しいよ」とは言っていても、彼と車の中で話したことや、今あゆみさんに話しているようなことは、何も聞かせていない。
あえてそうしているつもりはないけれど、陽菜の前ではあたしは少し、強がってしまう。

「自分に自信がないからだと思うんです、たぶん。だから、苦しくなっちゃう」
「…っていうと?」
「なんか…うまく言えないけど。前の彼のとき、思ったんですよね。どんどん好きになっちゃって、でも、それがうまく伝えらんなくて、言えない気持ちがたまるから、ひとりで苦しくなって。なんで言えないのかなって思ったら、あぁそっか、自信ないからだ、と思って。自分自身に全く自信がないから、彼に好かれてる自信も持てなくて」
「……………」
「それが辛かったなぁっていうのが、今も残ったままで。その苦しいのってきっと、これから先、誰か他の人を好きになっても絶対くるんだろうなって。そう思うと、怖くなっちゃって。だから、恋とかしなければいいやって」


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