青のキセキ
誰も、何も飲もうとせず、何も食べようとせず。

ただ、じっと私が話すのを聞いてくれていた。



「付き合い始めたころは、何もかもが順調で、幸せな日々でした。彼も優しくして、大切にしてくれました。でも――――」




次から話す内容が辛いできごとなだけに、言葉にするまでに時間がかかる...。

自分がDVにあっていたこと、そして、尊い命を守れなかったこと。



でも、言わなきゃいけない。

前に進むためには...。






意を決し、言葉を発する。


「でも、付き合いだして1年過ぎた頃から、彼の暴力が始まったんです」







「暴力?」




暴力という単語に、課長が反応を示す。


眉間に皺をよせながら、私をじっと見つめる切れ長の目。







「は...い...。最初の頃は、軽い平手打ちぐらいで済んでたんです。でも、段々とエスカレートして...。気に入らないことがあると殴られたり、蹴られたりするようになりました。それも外からは見えないところばかり」


自然に顔がうつむき加減になっていく。当時を思い出して。





「髪の毛を引っ張られて引きずり回されたり、タバコの火を押し付けられたり。それに熱いシャワーをかけられたり、真冬に水のシャワーをかけられたり。水やお湯の入った湯船に顔を押し付けられたりしたこともあります」



私の手と繋がれた課長の手に力が入る。




「でもね、彼、暴力を振るった後に必ず謝ってくれたんです。それに――――」




これは言っていいものか。
言って、課長に嫌われたら...。



でも、言わなきゃ。


全て隠さずに。




「――――それに、暴力の後は、決まって私を抱くんです。それも暴力を振るう時の彼とは正反対に、優しく。恋愛に疎かった私は、彼と別れるどころか、それを彼の愛情表現だと勘違いしていたんです。DVだと認識してからも、別れ話を切り出してまた暴力を振るわれるのが怖くて。だから、別れられなかった...」






「そんなとき、翔さんが私が彼に暴力振るわれてることに気づいてくれて。翔さんと久香に相談するようになったんです」




「なるほどな。それで翔はお前の過去を知ってたって訳か」


課長が言った。




「はい」




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