青のキセキ
「翔さんと久香が彼に会ってくれたこともあるんです。でも、彼の暴力が収まることはなくて」




「そんな時、妊娠したんです、私」




「妊娠?」



課長が少し動揺したような声を出した。


私を見つめる課長の目。



私は課長の目を見つめたまま、首を縦に振った。



「赤ちゃんが出来たって分かったときは、どうしようと不安でたまりませんでした。でもそんなことよりも――――」




「家族ができる喜びが嬉しくて」




課長と繋がれた手と反対側の手を、意味もなく腹部に当てる。


あのとき、確かにここに存在した尊い命。今は亡き小さな天使――――。



「これで彼の暴力も治るかもしれない...そう期待していました。きっと治ると信じたかった。でも.......」



言葉が続かなかった。


続けられなかった。



当時の記憶が蘇ってきて――――。





彼は、私のお腹に宿った命よりも、自分の出世を選んだ。それどころか、欲望の赴くままにセックスしたいと言った。私にとってかけがえのない命を邪魔だと言った。



きっと、これからも消せない記憶。



決して消えることのない記憶......。



身体が震えた。




そんな私の様子を見て、繋がれた手を課長がギュッと自分のほうへ引っ張った。そのため、私は課長の腕の中へ――。



課長が優しく私を抱きしめてくれた。


「無理しなくていい。無理に言わなくていいんだ」


頭の上で、課長の声が響く。





翔さんと久香が目の前にいるのに、課長の腕の中がとても心地よくて。課長の心臓の音が聞こえる。課長のぬくもりと共に、その鼓動が私を安心させてくれた。




「彼に妊娠したことを話したとき、彼は喜ぶどころか、堕ろせと...」



「それで、堕ろしたのか?だから、守ってあげられなかったというのか?」



課長の問いかけに、首を横に振る私。



「違うんです。そうじゃなくて....」




言葉が続かなかった。あの時の悲しみを思い出して。








そんな私の様子を見兼ねた翔さんが、私の代わりに言葉を続けた。


「遥菜ちゃん、彼の暴力のせいで流産したんだ」











「流産...?」




「あぁ。信じらんないだろ?妊娠してる相手に暴力振るうなんて」


翔さんがビール片手に首を左右に振りながら、溜息交じりに言った。


















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