青のキセキ


「もしも...私が妊娠していることを課長に言って課長が私を選んでくれても、彼はこれから先、綾さんと綾さんのお腹にいる赤ちゃんに一生罪悪感を感じて生きていくことになる。

私のお腹にいる赤ちゃんが産まれて成長するのを見ると同時に、綾さんの赤ちゃんのことを思わない日はないと思うから...。

そして、彼はそんな自分を隠そうとするはずです。私を傷付けないように。

結局、彼は自分を責めて苦しみ続けることになる。






だけど...綾さんとやり直すことが出来れば、今すぐには無理かもしれないけれど、赤ちゃんが生まれたらきっと『家族』に戻れる。私のことも思い出に変わる時が必ず来ると思うから...もしかしたら、私のことを忘れる日が来るかもしれないですね...。でも、それが一番いい...」



涙で翔さんの顔が歪んで見えた。




「遥菜ちゃん...君は...」





「私は...課長の『家族』じゃない...課長の家族は綾さんと綾さんのお腹にいる赤ちゃんです。課長と綾さんには家族としての歴史があるから、きっとやり直せると思うんです。



私の妊娠を知ったら...課長はもっと苦しむ。だから...知らない今なら...彼が家族の元へ帰れるのは今しかないの」






「大和と別れて...遥菜ちゃんはこれからどうするつもり?お腹の赤ちゃんは...?」




「先のことは...旅行が済んだらゆっくり考えます」






これからのことは、もう決めている。

だけど、翔さん、ごめんなさい。


言えないの。


言えば、きっと翔さんも苦しめることになるから。


ここへ来るのも今日で最後だと知ったら...翔さんを困らせてしまうだろうから。









「本当にそれでいいの?」



悲愴な面持ちで翔さんに言われ、私は涙を堪えながら笑顔で答えた。




「翔さん、私ね、課長と別れると決めてから、心の中がとてもすっきりしてるんです。ただの自己満足かもしれないけれど、課長が笑顔で毎日を過ごせるのであれば、私は幸せなんです。



私が言えることじゃないけれど、課長には綾さんと綾さんのお腹にいる赤ちゃんと...ちゃんとした家族になってほしい。子はかすがいって言うじゃないですか。それにね、やっぱり子供には両親が必要だと思うんです。だから...綾さんのお腹の中にいる赤ちゃんには課長と綾さんが必要なんです。父も母もいない私だから余計にそう思うのかもしれないですね」




「でもそれじゃ...君だけが苦しむことに...」



「それは違います。今まで私との関係を続けることで課長もずっと苦しんできたんです。もう十分すぎるほど彼は苦しんだ...。綾さんの妊娠を知って、今は私の想像以上に彼は苦しんでると思う。だから私だけが苦しんでるなんてことは絶対にないの。




彼は綾さんを捨てることはできない。でも、彼は優しいから...私を捨てることもできないんです。だから私が彼を解放することを決めた。ただそれだけです」







「遥菜ちゃん...」







「遅くまでごめんなさい。ただ報告に来ただけなのに...」


腰を上げた私は、ドアの手前で翔さんの方を振り返った。





「翔さん、私が妊娠していることを課長に言わないでもらえますか?これから先何があっても...」



「え?」



「課長には絶対に知られたくないから...だからお願いします」





「わかった...」














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