シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
常識的には絶対ありえない現象。
それについてとやかく言う気はない。
むしろ、"今更"だ。
怪談にも出て来そうな不可解な人形は、右目と左目のボタンの色が違う、至って下手くそな簡素な作りで、怪奇人形というよりはただのボロ人形としか形容できないものだ。
黄色い服を着た、歪すぎて可愛くない手作り人形。
即ゴミ箱にいれたいくらい。
だけど――
「これ……」
そんな、何処までもアンバランスな不出来さが、あたしの記憶を大きく刺激した。
「イチルちゃん…人形…?」
時々見るけれど、すっと忘れてしまうその夢は、今じんわりと…記憶の一部として蘇ってくる。
夢は記憶の一部なんだと思えば、その人形に…おかしな愛着も出て来る。
ああこれは、あたしが作ったものじゃないか?
初めて作ったお人形。
心を込めて作ったけれど、身形は歪なボロ人形で。
贈物としては到底言えないけれど、イチルちゃんは喜んだ。
そんな…人を模した下手くそなものを、欲しいと泣いていた子がいた。
自分だけのものが欲しいとせがんだ子がいた。
小さな小さな男の子。
だからあたしは約束したんだ。
もっともっと可愛い、その子が好きなワンコの人形を作るからと。
その子は天使のように微笑んで喜んだ。
二文字。
その子の名前は確か二文字で。
イチルちゃんだけが重ねて呼んでいた。
あの子の名前…。
記憶はないはずなのに、答えなどすぐに判るはずもないのに、思考が…まるで模範解答のように1つのものを呈示する。
"かい"
あたしはそう…呼んでいたのではないだろうか。
「ちっ!!!! 狙い撃ちかよ!!」
舌打ちが聞こえて、はっと我に返れば、運転席に滑り込んだ玲くんが強張った顔付きでハンドルを切っていた。
横にぶつかりそうになったあたしは、由香ちゃんに手を引いて貰って、何とか激突は免れたけれど。
「どうしたんだい、師匠!!!」
「ああ、ごめん。後ろから…変なトラックがスピード出して来てるんだけれど、近付くにつれて虚数が…増えているんだ」
「え?」
トラックがスピードを出して近付いているのと、虚数が増えることとの関係と…何でそれが玲くんの舌打ちになるんだろう。